HOME > ナレーターたちの物語 > 声優ミゼラブル > 第13幕・ガンバルジャン「声優コーラスライン」

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声優ミゼラブル13話・ナレーターメルマガ

2009年4月23日 ナレーターメルマガ110号より転載


前号では、大手事務所パッポンプラに泡沫のごとく生まれては消えていくジュニアの一人にすぎない私に、唯一救いの手を差し伸べてくれたマネージャー小豆地(こまめち)さんからいただいた初ナレーション現場の顛末を書きました。

CSアニメのガヤ 8,000円

ナレーターになる決意・声優ガンバルジャンその後は小豆地さんといえども、ぽんぽん仕事をふってくれる訳でもなく、それからはまたインコの餌やりなどしながら「明日は、明日こそは」と信じながら、電話を待つ日々。電話があったとしても、実際はガヤなどほんっとに小さい仕事が月に1回か2回あるかないか、それすらもない日々の繰り返し。

夜は同じ事務所のジュニア仲間とともに、工場での日雇いバイト。時々小さな仕事をする者がいて「どうだった?」と話しあう。
「売れっ子の●●さんが、何回も噛むんで現場の雰囲気悪くなってさ、困っちゃったよ~」などと(ガヤのお前はその場にいただけで関係ねーだろ)とは思うものの、現場のトラブル話をまんざらでもない顔で言われ、悔しくて、そいつとはその日は一日中、口をきかなかったりしました。

運よく仕事をふってもらえた月は、ギャラ支払日に事務所から明細が送られてきます。普段はみかけない、事務所のロゴが入った封筒を見ると、なんとも誇らしくうれしい気分になります。でも親戚の集まりなどで、年下で一番のチビだったいとこがいつのまにか就職をし、車を買い替えたり、結婚話などする姿などをみるようになると、バイト先とは違って、なんだか、胸がしめつけられるような気持ちになってきます。

たった1行「CSアニメのガヤ 8,000円」
そのジュニアランクのギャラから事務所のマネージメント料を引かれた明細を、バレないように握りつぶすのが精一杯でした。

唯一の台詞である「プレイボール!」の練習

そんなある日。
数週間ぶりに、マネージャーで事務所の大番頭である小堀田(こほった)さんから仕事の電話をいただいたのでした。珍しく事務所の実力者である小堀田さんからのじきじきの電話、それも、一言だけだったけど台詞のある役で舞い上がるガンバルジャン。

それからは毎日、唯一の台詞である「プレイボール!」の練習と飲み会での新人の役割である「魚の身のほぐし方練習」にいそしみます。

上手くなりたい!

さて本番当日。例によって舞い上がった私は、一番最初にスタジオに到着していたのでした。前回はここで、一番下っ端なのに主役席に座ってしまうという、大失敗をしてしまったのでした。

やがて先輩方がぞろぞろとスタジオ入り。中には子供のころテレビでみていた人もいたりして、テンションはいやが応にもあがります。しかも今日の出演者をみれば、戦後新劇の流れをうけた声優界の生き字引みたいな、いわゆる体育会系で”イカにもな声優さん”たちが多かった。そんな人に嫌われる訳にはいかない。

あらかたの出演者がブース入りするのを見届け、下げっぱなしだった頭をあげようとしたころ、明らかに年下で、キョドキョドした男がどたばたと入ってきました。

「あの~、ここは●●●のアニメ収録するところでしょうか…?自分はパッポンプラ養成所の新人”おみやげ坂クンタキンテ”という者なのですが、初めてのスタジオでよくわからなくて…」

かっちーん!
パッポンの後輩?!
しかも養成所生かよ!
私が収録1時間前にきてるってのに、こんな本番ぎりぎりに来やがって!

上手くなりたい!

「貴様、何期生だっ?!新人が重役出勤してるんじゃないっ!」
「すっすみません、ダッシュできたんですけど」
「いいから早く私と並んで、入り口で一緒に挨拶してろ!…(ヒソヒソ)俺はパッポンのガンバルジャンだ。いいかおみやげ坂、新人はこうして先輩方に顔を覚えてもらわなきゃダメだ。自分でアピールしない奴は一瞬で嫌われるぞ」
(ヒソヒソ)はっはい、声優って厳しいんですね。自分世間知らずで…ガンバルジャン先輩、いろいろ教えてくださいね」
(ヒソヒソ)よせよ。最初は俺もなんも知らなくてな、苦労してやっとここまで来たんだ」

そうこうしているうちにヒロイン役のグワシヶ原のりピーコ(ぐわしがはら・のりぴーこ)がやってきて全員がそろいました。グワシヶ原をジトーっとした横目でみながら、前回の反省もふまえ、隅っこの席に向かいます。

すると目を疑うような光景が飛び込んできました。
1つ残った主役席に、よくみると「カバン」が置かれていたのでした。

あがっ?!

「あ、先輩すんません、そのカバン、ボクのです」

おみやげ坂!!
貴様なんてことを!
新人声優が避けなきゃいけない大失態を、お前もやってしまうのか!
それもこれだけの大御所声優陣の前で?!

ガヤをやるにも声に力が入らない。

パッポンの先輩として一言注意しておかなければ、我が身さえも危ういこの状況。
「おみやげ坂、そこは主役が座る席だから…」

そう言い終わる前に、パッポンの大番頭・小堀田(こほった)さんがブースに入ってきたのでした。

『遅れてすまんなクンタキンテ。私も先に来てたんだが、ここの偉いさんにキミをプッシュしてて遅くなった。預かっていたキミのカバン、席に置いておいたんだが、ちゃんとあった?』

そして矢継ぎ早におみやげ坂を出演者に紹介するのでした。
『皆さん、私がみつけたダイヤの原石、期待の新人”おみやげ坂クンタキンテ”くんをよろしくお願いします。まだ養成所に通っている身分ですが、すでに何本も仕事をさせているんです。”飛び級”で所属しなさいといっても、”演技の基礎を養成所で勉強したい”と自ら希望して養成所にいるのです。心技体そろった、これからの声優界を背負う良い役者になると確信していますっ!』

おお~っ!とベテラン陣から好意的な拍手が。
うながされた、おみやげ坂がたちあがって言います。

「皆さん今日は遅くなってすみませんでした、別件の収録が押して入りが遅くなりました。未熟者ですが今回、主役を勤めさせていただきます。皆さんのお力を借りながら良い作品作りに精一杯頑張っていこうと思いますっ!」

”いま風”の声に、さわやかな人柄。おお~っ!といちだんと大きな拍手の嵐。

へなへなと崩れおち、隅っこの席に座ってしまった私。
しかもあれほど「プレイボール、プレイボール」と何度も練習したのに、結局本番で噛んでしまった。みんなの白い目。ガヤをやるにも声に力が入らない。

そして…おみやげ坂の堂々としたプレイ。それはきらきらと光る星の間を一段と輝いて飛んでいる彗星だった。やっかみの気持ちからどうにかイチャモンがつけられないかと必死であら探しをしてしまう自分が情けない。しかし収録が終わる頃には、私の気持に”ある変化”があったのでした。

コーラスラインを飛び越えることもできなかった

私はこの時、気づいたことがありました。エンターテインメント界には「コーラスライン(役名のないキャスト達がダンスでこれより前に出ないようにと引かれる線-メインキャストとコーラスを隔てる象徴)があります。
私たち声優にも、主役マイクの前にたって生き生きとプレイするおみやげ坂と、ガヤ要員なのに声に力が入らない私との距離は1メートルもありませんが、そこに深い「コーラスライン」が横たわっていることに気づいたのです。ヒッキーの時もそうだった。そして今回もガヤ・コーラスラインを飛び越えることもできなかった…
それは、驚くほどストン、と腑におちたのでした。

本当に悔しい、胸に大きな穴があいたような、複雑な喪失感に襲われました。
けど。

”スターじゃない自分”をきちんと受け入れなきゃいけない。いやむしろ、それほどのショックで、はじめて現実に直面することに恐れがなくなった。

帰り道。事務所で唯一私に目をかけてくれたマネージャーの「小豆地さん」に電話をして心を打ち明けようと思いました。

ナレーションなら30代からはじめられるんですね

「小豆地さん。俺、頑張ってきたけど、頑張ってきたけど。俺、声優やめようと思うんです」
「そっか…本人が無理だと思うなら、そういう判断もありかもしれないな」

ひきとめてくれない…やっぱり俺、ダメだったんだ…_| ̄|○
最後の最後のぬるい希望もなくなりました。……なんかこの期に及んで甘えようとする自分が急に恥ずかしくなりました。よし、足を洗ってまっとうに働こう。そう決意しかかったその時。

「声優ダメだったんならナレーションやってみる? ナレーションでは声が安定し、表現にも説得力が出るのは30代からだから。表現の世界には関わっていたいんでしょ?」
「…な、ナレーションですか。ナレーションなら30代からはじめられるんですね」
声優はダメだった、それは嫌ってほどわかった。でも、俺にはまだナレーションがあるんだ。30代からと言われるナレーションなら、今から猛特訓すれば間に合う。絶望の淵からおぼろげな光が見えかかった。

「それと話してなかったけど…実は俺。マネージャーを辞めることにしたんだ」
「え?ええ!?」

ナレーターとしての可能性をだだ一人、見出してくれた小豆地さんが辞めてしまう絶対絶命の危機!

だがしかし!
生きようともがく者に、運命の女神は気まぐれに手を差し出す!ガンバルジャンは最終回を迎えるにあたってついに陽の目を浴びるのだ!深くしゃがまなければ高くは飛べぬ!

見よ長かった船底生活のような下積みのすべてを吐き出すかのごとき大復活劇は、小豆地との惜別の夜から始まっていたのだ!

待て、しかして希望せよ。

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ヒッキー

声優とナレーターを両立・ヒッキー引きこもりから抜け出し、声優からナレーターになった男。
現在ではドキュメンタリーや番組のレギュラーナレーション、声優としては大ヒット作に出演するなどみごと社会復帰を果たした。

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声優ジュニアからナレーターに・ガンバルジャン夢にまで見た声優ジュニアは、まるで「レ・ミゼラブル(ああ無情)」な世界だった…。ナレーションを学ぶことで番組レギュラーをもち、社会復帰に至った、男泣きナレーター。