HOME > ナレーターたちの物語 > 声優ミゼラブル > 第3幕・ガンバルジャン「とびこみの章」

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声優ミゼラブル3話・ナレーターメルマガ

2008年10月19日 ナレーターメルマガ95号より転載

声優ジュニア預りを9年つとめた男・ガンバルジャン

これは、大手声優事務所に所属するナレーターガンバルジャンの「レ・ミゼラブル(ああ無情)」な物語である。彼の生き様は、まさにパン一つを盗んだがゆえに19年もの投獄生活を送ってしまった本家ジャン・ヴァルジャンも真っ青な人生であったー。

そうッ!声優養成所を出て、晴れてプロの仲間入りを果たした彼に待っていたものは、『ジュニア』と呼ばれる薄給で薄氷の世界ッ!しかも本来なら2年のはずのジュニア生活をなぜか…9年ッ!

だがッ!ガンバルジャンは生き抜いたッ生き馬の目を抜く声優の世界で光のあたらぬ舟底の重労働のようなジュニアの世界で
そして彼は今、2008年のいまッ! ナレーターとして己の能力を最大限に生かしている。

だがなにゆえ、せっかく「ジュニアを9年も頑張るジャン」した彼が、ナレーターになったのか?その裏には、一人の孤独な求道者を翻弄する、北風と太陽のごとき人生の轍(わだち)が描かれていたのだった。

すべては「いい声だネ!」の勘違いから

声優に憧れ養成所へ小さい頃からアニメが好きだった小中時代。やがてなるべくしてガンダム専攻のアニメ博士に。そして家から出ることが少なく、活動的でもない。授業で手をあげるなんてもっての他、人前で何かをやること、目立つことが大嫌い。厭世的な視線をもって毎回ぐじぐじと悩むアムロのような子供だったのです。

やがて私は高校生になり、周りの友達から「いい声だネ!」「歌うまいヨネ!」などと言われ出しました。普通に喋ってるだけなのにな…と最初は不思議だったのですが、ある日、はたと膝を打ったのでした。

私は…私は声の”ニュータイプ”なのかもしれない!

そして心に決めたのです。『声優になれるかもジャン!』と。
この日から私の旅は始まりました。そのときはまだ気の遠くなるような長い旅になるとは、夢にも思っていませんでした。

【ここでガンバルジャンから一言】
現場に出た今となっては、自分より声の良い人間なんて掃いて捨てるほどいるということ、また、声の良し悪しは一つの要因に過ぎないということを、身をもって実感することになりました。

違うんだ、”夢”には一歩も近づいてないんだ…

さて、そんなこんなで結果、私は合計3つの養成所に通いました。
一つ目は誰でも入れるぜ的な所。たいした情報収集もせずに、愛読していた「アニメ雑誌にでかでかと広告が載ってるから」と言う理由でした。そこのパンフレットには有名声優の「遊園地で僕と握手!」と書いてありました。入ってみて即座に辞めました。本当に「握手」がしたいがために来るような人もいました…要するに、とても「声優になれるかもジャン」と思えなかったのです。

そこを辞めたあとは別の養成所を探しました。先の経験から、声優事務所付属の養成所にしました。レッスンのクオリティは前回とほぼ変わらずではありましたが…なんとか1年近く「頑張るジャンできたのは、カリキュラム修了後に控える「所属審査」に惹かれていたからです。
子供っぽさが抜けきれない「教えてくん」のクラスメイトたちを見るにつけ心が折れそうになりましたが、経験者としてちょっとだけ手助けしてあげたりしました。ですが…卒業後の事務所のジュニア所属テストには「落ちてんジャン」してしまった。…ああ無情。辞めました。

一緒に馬鹿話をしていた同級生たちが、どんどん大人になっていくのを見るのがつらかった。「部長がどうの」「責任がどうの」と言っている時に、私は一人「明日のレッスンまでに”ういろう売り”を覚えなきゃ」学生のモラトリアム期間を懐かしむ友人たちに「追える夢があるだけいいじゃん」と言われた日には、胸が締め付けられるようでした。

『違うんだ、”夢”には一歩も近づいてないんだ…』

つらくて苦しい…でも、でも諦めきれない。

そのころは毎日、ふがいなさと出口のなさにがっくりきていました。もっとクオリティの高い「環境」に身をおいておきたかった。はやく…はやくプロになりたい。つらくて苦しい…でも、でも諦めきれない。

そしてこれが最後と心に決め、大手声優事務所”パッポン・プラモデル”付属養成所で再チャレンジすることにしたのでした。そこは、なんと9年もの間「ジュニア☆頑張るジャン!」することになる、運命の場所になるのでした。 しかししょっぱなから”パッポン・プラ”養成所の人数の多さにがくぜんとしたのでした。人数が多いということは、それだけライバルが多いということになります。一度、別事務所のジュニア所属に失敗し、ここが最後と決めていた私にとっては、かなりのプレッシャーでした。

【ここでガンバルジャンから一言】
今になって考えてみると、結局、人数が多かろうが少なかろうが、自分がやる事は基本的には変わりません。人数が多い=色々な表現が聞けると言うこと。順番が回ってこないからと腐らず、聞きまくってください。仕事するようになっても、色々な表現を生で聞く機会はそうそうありません。

業界大手と呼ばれるこの事務所

事務所付属の養成所にいる頃は、みんなライバルだとは言っても、同世代の同じ志を持つ仲間。基本的に話も合うので打ち解けやすい。したがって緊張感もなくなります。かくいう私も、ここへ来た本来の目的を二の次にし、可愛い子がいるとその子にメロメロ(死語)・・・といった養成所生活を2年間送りました。そちらは全滅でしたが、なにか?

業界大手と呼ばれるこの事務所。いやがうえにも期待は高まります。そしてここに入ってしまいさえすれば薔薇色の人生が送れるであろうという、最近、別のメルマガでも聞いた事のあるような状態を勝手に想像していたのですが…

次週、晴れてジュニアに上がることが出来たガン・バルジャン。もうすぐ手が届くかに見えた薔薇色の人生。しかしそこから本当の「ああ無情」な日々が待っていたとは・・・『違うんだ、”夢”には一歩も近づいてないんだ…』

次回ガンバルジャンサイドは『とびばこの章』。
待て。しかして希望せよ!

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ヒッキー

声優とナレーターを両立・ヒッキー引きこもりから抜け出し、声優からナレーターになった男。
現在ではドキュメンタリーや番組のレギュラーナレーション、声優としては大ヒット作に出演するなどみごと社会復帰を果たした。

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声優ジュニアからナレーターに・ガンバルジャン夢にまで見た声優ジュニアは、まるで「レ・ミゼラブル(ああ無情)」な世界だった…。ナレーションを学ぶことで番組レギュラーをもち、社会復帰に至った、男泣きナレーター。