HOME > ナレーターたちの物語 > 小さな奇跡 > 第12話・呉圭崇「Free!」

声優からナレーターへ・声優ミゼラブル

声優からナレーターへ,ナレーション,

2014年5月22日 ナレーターメルマガ250号より転載

2014年春。各テレビ局は長く続けてきた帯番組をいっせいにリニューアルした。激戦を繰り広げる朝の情報番組。そのひとつである新番組TBS「あさチャン!」。選考をいくども重ねる熾烈なオーディション。そこを勝ち抜いて、その番組をつかんだのは、猪鹿蝶からキャスティングされた若きナレーター呉圭崇だ。今回はそんな彼のたどった軌跡。
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声の仕事をなんでもやってみたくて

長野で生まれ、高校卒業後、専門学校へ。ナレーションでも声優でも声の仕事をなんでもやってみたくて、大手声優事務所の養成所にもダブルスクール。その養成所を選んだ理由は「好きだった声優がいた」というだけ。
すんなり所属に。といってもまだ安心はできない。「所属にはなったけど半年以上も電話を待つだけの日々」という”肩書き声優”が、毎年星の数ほど生まれ、人知れず消えていっている現実もある。呉はアニメや洋画の吹替えにぽつりぽつりと”ガヤ(声のエキストラ)”で使ってもらいはじめることができた。さらなる場を求めて、声優だけでなくナレーションの研究もはじめた。

突発事態は予想できない

ところが入ったばかりなのに、事務所が内紛で大荒れになったのだ。マグマが一気に吹き出し声優もマネージャーも大量脱退というとんでもない事態。近年の声優事務所は、なぜだかこのような内紛が絶えない。老舗や大手と言えども安泰とはいえない。激流に飲み込まれ常に浮き沈みしている状態なのだ。
呉はというと、使ってくれていたマネージャーがいなくなり仕事が激減。他のマネージャーとコンタクトをとるも、やりたかったナレーションの仕事は、その事務所では扱っていないと言い放たれた。呉はフリーを選択。それは、若すぎた判断だった。

最初のフリー

フリーになったはいいが実績がない。やる気だけの若者を迎えてくれるほど業界は甘くはなかった。世間を知らなすぎた。バイトを転々としながらの生活。声優としての用件が書かれていないスケジュール帳をみるのが辛くて、学生の制作実習を手伝い声優気分を味わう。でも活動が終わってしまうと夜が辛くなる。
ところがである。制作実習で一緒だった先輩声優から、老舗事務所への誘いが。無為に過ごしたフリーは1年ほどで終わった。「助かった」…ように思えた。

顔色をうかがう日々

が、老舗事務所での日々はバイト暮らしとさほど変わらなかった。来る仕事来る仕事、”ガヤ”ばかり。それは新人声優の宿命といえば宿命なのだが、扱われ方もゴミ同様。売れない声優に事務所もマネージャーも、そして周り全てが冷たい。前の事務所では新人だからとある程度は覚悟していた。
しかしここでもゴミのように扱われた。屈辱でくちびるを噛んだ。気持ちを押し殺しながらも、人の顔色をうかがうことが染み付いていった。

一瞬の光

希望を求めてナレーションに活路を求めた。ボイスサンプルを自分で作りマネージャーにアタックしたのだ。マネージャーからはノーリアクション。聴いてもらえたのかどうかも分からない。サンプルの声はただ虚しくかき消されていったのか…
だがそんなある日。売れっ子声優にテレビナレーションが決まった。ところが売れっ子だけにスケジュール調整が上手くいかず、代役として呉がレギュラーに突如抜擢されたのだ!
代役をきっかけに売れることができた例は意外と少なくない。「サンプルがマネージャーの頭の片隅に残っていた」ことも大きかった。が、その番組は1クールで終わってしまった。暗く覆っている雲間から見えた一瞬の光に過ぎなかった。

泥道のわだち

泥道についたわだちの跡を、暗い目をした者たちを乗せて荷車は進む。時折、白馬に乗った若者が脇をすり抜け、光指す方向へと駆け抜けていく。
周りの乗客たちは一様に後ろ向きに座っている。たまに恨み言を発しながら馬にむち打つ。ふと見回すと前にも後ろにも荷車は同じわだちに連なっていた。

決意の時

あろうことか老舗事務所でも内紛が始まった。多くのマネージャーや声優が次々と辞めだした。2度目の混乱に巻き込まれたのだ。しっかりした土台だと思っていたものが崩れ落ち始めた。
離脱が離脱を呼び浮き足立つ事務所とプレイヤーたち。あてのある先輩たちは次の寄る辺を求めて去っていく。養成所ジプシーならぬ、事務所ジプシーになってしまっている人。暗い目をした先輩たちは後ろを向いた言葉を口にするばかりだった。事務所とプレイヤーとの関わり方にもやもやした想いが広がる。事務所ってなんだったんだろう…。
「だったら自分でやってみよう。これからは人の顔色を伺う生活とは決別しよう。自分が思う通りに生きていこう。それでだめなら足を洗う。そう腹がくくれたんです」
荷車から飛び降りる決意。自分の足でたつ荒野からみる景色は、どこまでも広かった!

営業を楽しむ

自分で営業する。食いつないできたバイトも全て辞めた。やりたいことをやるために。
「そのときは清々しいほど、迷いはなかったです」
それからは自分で飛び込み営業を始めた。最初は8000円の仕事で食いつなぐことから始まった。イベントを手伝っては影ナレをやらせてもらう。細かな仕事を積み重ねる。BS番組からやがて地上波のナレーションへつながり、深夜番組のレギュラーもつかんだ。以前の番組Pがフリーでやることを応援してくれたことは大きかった。波に乗ってくると、それまで経験のなかった役持ちのアテレコレギュラーにまでつながっていった。
「好きなことを、やりたいようにやったほうが、上手くまわりだしたんです」

バーズへの戸惑い

その勢いで猪鹿蝶にも応募してみた。でも反応はなかった。それっきりスクールもスタジオも避けていた。
「営業して自立を目指すというのは、頭の片隅でバーズの影響を受けていたのかもしれません。でも自分でサンプルを作って営業してきた、という自負があったんです。だから行く気にはなれなかった。『サンプル作っても否定されるし、偏った考えをしてる』と周りが噂してたのも聞いてましたし。それまでの事務所と同じ上から目線なのかと思ってました」
「でも知人から改めてスタジオバーズのことを聞いて、チャレンジしてみようと。スタジオで、きちんと話を聞いてみると、しっかりとビジネスと戦略の話をしてくれたんです。テレビ感のある原稿とか、いまのトレンドなど。それをサンプルや営業に活かしていく。そのことはとても合理的で納得できた。と同時に信頼できたんです。いまではスクールで営業をもっと学びたい気持ちになってます」
そのサンプルはやがて、朝の帯番組へとつながっていった。マネージャーの「頭の片隅に残っていた」のだ。

自由なパワー

「努力という言葉は嫌いです。なんだか苦しむことが目的になっている気がして。ナレーションの練習はあたり前のことすぎて、それが努力なんて思わないです。僕にとっては営業は楽しみ。もちろん山のような失敗。飛び込み営業で5%も決まらないですよ。でもつながった時の喜びですべて吹き飛んでしまうんです」
人間力といってしまえば簡単なのかもしれない。ちょっとしたチャレンジ。自立する意志。それが分かれ道なのだろう。彼の言葉と行動は、人として自由に生きるパワーがあふれていた。(終)

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