HOME > ナレーターたちの物語 > 小さな奇跡 > 第11話・コゼットの物語

声優からナレーターへ・声優ミゼラブル

声優からナレーターへ,ナレーション,

2014年3月6日 ナレーターメルマガ244号より転載

オアシスと蜃気楼

コゼット30代。養成所から大手声優事務所の厳しい競争を生き抜き所属にたどりついた。声の世界に入って10年。ようやく最近になってナレーションを中心に少しずつ仕事が増えてきた。

声優志望者なら必ずや憧れる大手声優事務所。厳しい修行の後にわずかな者だけがたどり着ける。そこにたどり着かなかった者にとっては、オアシスのような希望の場所。周りからは憧れのエリートとうらやまれてきた。そんな彼女の大手事務所での熾烈な戦いと、その小さな奇跡の物語。
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短大からOLを経て大手声優事務所の養成所へ。幼い頃からの夢だった声優。社会人になって、まだやりたい気持ちがあったら飛び込もうと決めていた。
洗礼は養成所に入って間もなくやってきた。多くの同期は次々と脱落していくが、優秀者は飛び級で昇級していく競争社会。コゼットは取り残された組だ。飛び級組から周回遅れでようやくジュニア(所属未満の預かり)に。ここまでで同期で残れたのは6人のみだった。だがその先はもっと過酷な現実が待っていた。

ジュニアの濁流では息をするのも苦しい

飛び級組や先輩たちも含めての団子状態でジュニア期間が始まった。ジュニアとは毎年のように審査でふるい落とされていく存在。自ら絶望し辞めていく者も後を絶たない。同期の6名は4年後には2人しか残らなかった。

ところが幸運なことに女神は彼女に舞い降りた。なんとジュニアになって初めての仕事が、アニメのレギュラーだったのだ。初年度からジュニアの中でも仕事量はトップクラスになる。順調なスタート。有頂天になっていた。だがそこから真っ逆さまに落ちるのは早かった。

「今になって思えば、1年目で少し仕事があって、ただただ浮ついていた、油断していたとしかいえないですね。結果的にそのアニメが最初で最後ののレギュラーになりました」

残酷なことに2年目になるとパタリと仕事はなくなった。細かなwebや教材のナレーションの仕事が月に1本あるかないか。

飛び級組や先輩たちも含めての団子状態でジュニア期間が始まった。ジュニアとは毎年のように審査でふるい落とされていく存在。自ら絶望し辞めていく者も後を絶たない。同期の6名は数年後には2人しか残らなかった。

ところが幸運なことに女神は彼女に舞い降りた。なんとジュニアになって初めての仕事が、アニメのレギュラーだったのだ。初年度からジュニアの中でも仕事量はトップクラスになる。順調なスタート。有頂天になっていた。だがそこから真っ逆さまに落ちるのは早かった。

「今になって思えば、1年目で少し仕事があって、ただただ浮ついていた、油断していたんでしょうね。結果的にそのアニメが最初で最後のレギュラーになりました」

残酷なことに2年目になるとパタリと仕事はなくなった。細かなwebや教材のナレーションの仕事が月に1本あるかないか。

それからはジュニアとして顔を売るために必死に事務所に通い詰めた。それは苦行というのがふさわしいものだった。

売れない声優に周囲は冷たい。ボイスサンプルを渡しても聴いてくれた様子などなかった。精一杯がんばって作ったサンプルが、ゴミのように扱われていた。悔しくて情けなくて泣いた。そのうちデスクやマネージャーたちに挨拶をしても目を背けられるようになった。
何人かのジュニア仲間にはメールをしても返信がもらえない。後輩たちでさえ「今どんな仕事をしてるんですか?」と問われ「なにも…」と答えるとスッと離れていくのが分かった。売れっ子たちには人だかりができ、お愛想を言っていく。

たまに入る仕事の現場でも、ブースで一人、疑心暗鬼にとらわれていた。ここが悪かったんじゃないだろうか、あそこが悪かったのだろうか。失敗できない。どんどん萎縮していく自分がいた。

「周りの全てが怖かったですね。スタッフも先輩同期後輩。そしてたまの仕事さえも」
暗く沈む日々。やがて彼女は卑屈さを身につけていった。自然な笑顔などでるはずはなかった。

ある日『あなたはアニメ洋画には売らないわヨ』とマネージャーに言い放たれた。オアシスだと思った場所は蜃気楼だった。
「さんざん泣いて、もうダメだ。わたしはもう無理かも。と絶望に変わっていったんです。夢に届かなかったと思い知った時でした。それがやがて猛烈に怒りが込み上げたんです」
その怒りはやがて闘争心につながっていくことになる。

生き残らなくては。最後の希望へ

わずかに最後に残された希望。それが月に1本あるかないかのナレーションだった。いや、希望なんていってられない。ただただそれしかなかったのだ。もう一度、いや最初からナレーションを学ぼう。生き残るために。

「それでバーズに通い始めたんです。いま学ばなければ未来はないと覚悟してました。いままで売れてなかったんだから、これまでと同じことをしていてはいけない。いままでと逆の生き方をしなけばって。まず服の色から変えました(笑)」

自分なりに生き残るための戦略を学びプランを練った。
「それまでは”思い”をぶつけるだけだったんですね。自分の都合で。でも夢だけじゃダメだって。きちんと相手に届くビジネスのアプローチにしなければと思ったんです」

『これからについて相談したいんです』と事務所に一本の電話を入れた。恐くてまともに話ができなかったマネージャーにだ。辞める話だろうと事務所は勘違いしたのか、何人ものマネージャーに囲まれての話し合いになった。

「そこで自分自身のプレゼンをしてみたんです。データもきちんと揃えて。ボイスサンプルを直に聴いてもらいながら。これからナレーション一本に絞ってやっていきたい。そしてナレーションが出来るんですと伝えたんです。話している最中は足の震えが止まりませんでしたけど(笑)」

与え手になること

生き残らなくては。その思いが実を結んだ。鼻にもかけてもらえなかったマネージャーから、ポツリポツリとナレーションの仕事を入れてもらえるようになった。小さな仕事でもリターンが来て事務所での評価も上がってきた。
「いまは現場でのスタッフとコミュニケーションを大切にしてます。ブースからも会話に参加したり。原稿について意見を伝えたり。それが仕事の繋がりをつくるんだと思って」

いまではジュニア初年度の一番多かった仕事量を越え、ナレーションだけで例年の3倍以上の仕事量になった。それに伴い仕事の質も上がってきた。ナレーターとして信頼されてきたのだ。小さな奇跡が起こっていた。
「大きな仕事を任されるようになった実感があります。それぞれの仕事の原稿量が増えてきてますし。それまで夢だったオンエアーのナレーションもいただけるようになりました」

これからの夢はありますか?
「バラエティ番組でナレーションをやってみたいです。思いっきり楽しく明るく。与え手になるのは今も課題のひとつなんです。でも何か楽しさや明るさを与えられるナレーターになれたら嬉しいですね」
そういうと春色の服を着た彼女から自然の笑みがこぼれた。(終)

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