HOME > ナレーターたちの物語 > 小さな奇跡 > 第9話・藤本隆行「ある声優のポートレート」

声優からナレーターへ・声優ミゼラブル

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2013年7月25日 ナレーターメルマガ227号より転載

藤本隆行。30台後半男性。爽やかなバリトンを武器に中堅声優として何とか生き延びてきた。そんな彼もこの1年で環境がめまぐるしく変わった。
藤本隆行,ナレーター,声優,ヒルナンデス,あっちマニア,「朝起きて”バイトに行かないでいい”ってことにまだ違和感を感じてるくらいです」
それまで。声優を目指すようになってからの17年は毎日デパートのオモチャ売り場に立っていた。真面目さもあり社員に誘われることもあった。正直、心が揺れたことも。「子供達といる時間は癒しでもありましたから」と柔らかに微笑んだ。
優しい魂の揺らいできた道を聞いてみた。

デビューから

洋画に憧れ声優を目指し大手の声優養成所へ。それから17年。声優としての全てはそこにあった。
養成所時代はすべて主役で過ごした。上手くなる努力もした。当然事務所からも期待のホープとして注目される。はじめての現場でいきなりのゲスト主役を任されるほどの期待ぶりだった。華やかなスタート、そして所属へと声優人生は澱みなく流れていく。次々と振られる仕事。
だが。
なぜか現場で手応えをイマイチつかみきれない感じがあった。何かがカチッとはまっていかない…。同期の中でも仕事はきているほう。だが、第一線に踊り出ることができないまま旬がすぎていく。脇に回ろうにも役幅が狭く老け役などはできない。それが原因で作品にキャスティングされ辛くなっていったのだ。手のひらから何かがポロポロとこぼれていく…
仕事数はいつのまにか同期に抜かれた。やがて後輩にも抜かれた。

流されて

「その頃はディレクターやマネージャーともコミュニケーションがなかったんです。番組の飲み会にも顔を出さなかった。あの独特の空気が苦手で。なにか媚びを売っている気がして。自意識過剰だったんでしょうか、それとも負け犬根性だったんでしょうか」
30歳はすぐに来た。もう後戻りはできない。月に数本の仕事はあったが単価が安く、とても食っていけるものではなかった。だから将来を考えることはやめていた。もうこれ以上、持っているものを失いたくなかったから。

「将来のことは、無意識に考えないようにしていたのだとも思います。病気が発見されることが怖くて病院に行けないのと同じ。その不安を掻き消すためにも声優の「あるべき」を追っていました。あれをやっちゃいけない、こうあるべきでない。舞台をやらなきゃ、朗読をやらなきゃ。上手ければいつか売れるはず…」

空いている時間を埋めたい気持もあり声優の「あるべき」を実行する。身内だけの舞台。小さな仕事。売れてない声優仲間と事務所やマネージャーへの不平不満を、あーだこーだ言いながら安酒をあおる。「俺だけじゃないんだ」と安心できた。そんな空気にどっぷりつかって、ただ流されて生きるようになっていた。

確実な絶望

転機は突然やってきた。些細なきっかけで事務所が分裂状態になったのだ。予兆は長らくあったのだろう。声優たちの燻り続けていた不満の火薬庫に火がついたのだ。 事務所が揺れ動き次々と人が辞めていくなか、藤本もあるきっかけで辞めてしまう。

「皮肉なことに、仕事のオファーがきっかけでした。半日拘束で週4。手取りが5千円ちょっとの仕事だったんです」
不安が確実なものになった。より確実な絶望に。その仕事をやればよけいに食えないからだ。スケジュール的に他の仕事は入れられなくなる。つまり「もしかしたらヒットする」可能性をもった仕事ができなくなることを意味する。安い仕事はさんざんやってきた。見ないふりをするのにも慣れていた。ただ、今回は違った。渦巻いていた感情が心のどこかで爆発した。

フリーになった後少しは営業してみた。営業さえすればなんとかなるとも思っていた。しかし仕事は付け焼き刃ですぐにとれるものではない。爆発した後の心はすでに燃えカスしか残っていなかった。そこで歩みを止めたまま、おかまいなしで流れていく時間の中。藤本に声をかけた者がいた。

友だけがいた

それは声優養成所の頃からの苦労をともにしてきた親友だった。彼もまたフリーとなりナレーターとして活躍し始めていた。

『もう一度学んで再起を目指そう。今度はナレーターとして、プレイも、営業も』
「プロなんだから俺だって現場で学んできたさ!」
『我流でなんとかなってたんじゃないか』
「なんで俺にそんな事言うんだよ。そんなおせっかいは要らない!」
『お前の才能がここで枯れていくのを、黙って見てられないから』

そのままなかば強制的に連れて行かれたのがスクールバーズの説明会だった。講義の『売れるための17ヶ条』に衝撃を受けた。上手ければ、上手くなればきっと売れる。そう信じていたのは現実から逃げていたからに過ぎない。声の表現をビジネスとして捉えることが欠けていた。話を聞くうちにぽろっと心の壁が崩れた。

流されてきた自分。からっぽの自分。そんな自分を認めたくなくて、いつの間にか”自分の胸にきく”ことをやめてしまっていた。講義をききながら、心の奥底から「もう1回だけチャレンジしたい!!」と叫ぶ声が聴こえた。

学ぼうと決心はした。でも学費が払えなかった。いい歳してわずかばかりの授業料の蓄えもなかった。心底情けなかった。声優としての最後のプライドはそこで砕け散った。それから昼夜を問わず働き、お金は工面した。
そんな決意の裏で他の昔の仲間たちは声を荒げて罵り嘲った。

柔らかな現場

心の壁が取り払われていたからだろうか。乾いたスポンジのように何もかもが”すーと”吸収していけた。それから売れるまでの時間はたいしてかからなかった。声優の「あるべき」に呪縛されていた自分の壁を崩すと、いまでは苦手だった現場の対応も出来るようになっていた。

「現場ではなんでもない、意味もない雑談をするんです。そうすると現場が柔らかくなって、表現することが楽になるし、スムーズに収録できるんです。営業にしても仕事への取り組みかたも、硬直していたものが柔らかに出来るようになったと思います」

そして現在は「ヒルナンデス」「あっちマニア」など地上波のレギュラーを含め、月20数本の仕事をもつようになった。

最後に悩めるプレーヤーたちにメッセージはありますか?
「自分の話なんですけど、これは何百と言う声優のありふれた話の一つにしか過ぎないで気がします。声優の「あるべき」に囚われて「謙虚」なつもりが「卑屈」になっていた。いや腹の底では「傲慢」だったのかもしれません。「上手ければ」売れるっていうのが、実は傲慢さかもしれません。いまは創り手と「対等」にコミュニケーションできれば作品にとっていい表現になるのかなと思っています」と優しい魂は再び柔らかく微笑んだ。

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