HOME > ナレーターたちの物語 > 小さな奇跡 > 第7話・織田っぱ「氷の世界」

声優からナレーターへ・声優ミゼラブル


2011年5月5日 ナレーターメルマガ167号より転載

「急きょの”ピンチヒッター”なんだけど、やってみる?」

突然こう声をかけられることがある。驚くべきは、現在の売れっ子の中にも、ピンチヒッターをきっかけに突破口を開いた例が多い。その打席で期待に応えられるか。それがプレイヤーたちの運命を大きく左右する、シビアな瞬間でもある。

日テレ「ヒルナンデス」ナレーター織田っぱ今春。同じようにピンチヒッターを頼まれた男がいる。ナレーター「織田ッぱ」。
ふざけた名前にはある種の覚悟が必要だ。若干25才。

「彼のナレーションは自由に表現を楽しんでる」と言われている。

だが自由はつかみとっていくものだ。織田ッぱはそのためににエッジに立ち続けてきた。

毎日 吹雪 吹雪 氷の世界(井上陽水「氷の世界」より)

高校時代はいじめにあった。織田ッぱはそれから長い間「氷の世界」に住むことになった。大学では演劇専攻へすすみ「アングラ演劇の帝王」と呼ばれる俳優に師事し演劇にのめりこんだ。やがて上京し声優養成所へ。元々好きだった講師のベテラン声優に一目あうなり「キミは全身を鎧で覆い隠しているな」と看破され感銘を受けたからだ。そしそしてバイトをしながらの連日の厳しい舞台の稽古。やがて事務所預りに昇格するが、「声の仕事」は半年に一回ガヤ(声のエキストラ)があるかどうかというところ。

そこのマネージャー陣はいつもどんより暗かった。所属している先輩プレイヤーたちが集まっては「ウチの事務所はプレイヤーの面倒をみない」「仕事をもってくる力がない」といいながら辞めるでもなく、愚痴をまきちらし続けていた。そんな中、織田ッぱは次期の3年にわたる所属契約の更新を薦められた。

「”自分の好きなこと”をずっとやってきて、試し尽くしてきたんです。でも、まったく食べる所までいけなかったし、有名にもなれなかった現実です。3年後自分がどうなっているかは、先輩たちを見ればわかりましたから」

そして織田ッぱは事務所を辞める。養成所時代からつきあってきた彼女とも別れた。”やりたいこと”をやりつくした結果、自分の中が空っぽになるような感覚に見舞われた。立っている場所が消えたのだ。ただ「好きなこと」では、結果が出なかった事実だけ残して。

僕の衣装は寒さで画期的な色になり

空虚な日々。なにげなく見たバーズのホームページ。たった二文字に強く惹かれた。

「”自立”という言葉です。何かが違う、何かが足りないと過ごしていた気持が『自立したいってことだったんだ』と思いました。でも正直言って「また養成所」ってすごく抵抗があって。でも他にそんなこと言ってるスクールもありませんでしたから…ここが最後。1年間だけ集中しきってみて、それでダメなら全部諦める!と決意するまで時間がかかりました」

迷いながらのレッスン初日。織田ッぱはサングラスに上下真っ黒なスーツ「映画ブルースブラザーズ」のようないでたちで現れた。目立つためと思っていた。だがバーズ校長でありマネージャーの義村にこう言われた。

『ユー、全身ピンクになっちゃいな』

黒は”誰にも染まらない”ってメッセージ。プレイヤーは、”変化”してこそがプレーヤーだ。林家ぺー、パーさんみたいに全身ピンクになったらそれは大きなふり幅になる。
「最初は何を言ってるかわかりませんでした(笑)表現に一体なんの関係があるんだろう?と思ったのですが校長は真顔で。でも、振り返ってみればたしかに僕は”生み出すクリエイタータイプ”でありたいと思ってきました。でも、そうではなくて”変化するプレイヤータイプ”だったんですよ。入学前に『これまでずっと好きにやってダメだったんだから、他人の言うことをきかなきゃダメだ』と心に決めていたこともあるので、覚悟しました…」

そして翌週本当に全身ピンクの衣装で教室に現れた織田ッぱに、クラスメートがおもしろがって声をかけた。
「こんなことでも人は喜んでくれるのか。変化することが僕の生きる道なんだって確信した瞬間でした」

流れてゆくのは時間だけなのか涙だけなのか

春。レッスンがスタート。講師から薦められたことは片っ端から実行した。講師側もどんどん課題を与えていく。自分なりの読みを研究してやってみた。でもやってみたらすぐに自分でもダメだと気づいた。教わるままに売れっ子のコピー。ボイスサンプルもアドバイス通りに早い段階でつくってみた。だが…猪鹿蝶の武信、狩野両マネージャーの反応は「これでは売れないよ」だった。

集中していたつもりだった。だが時間は自分だけを置き去りにしていった。同期生が有名企業のCMナレーションに抜擢。さらに、まわりも次々と番組ナレーションをゲットしていく。レッスンの場だけでは講師陣に評価されても、それが仕事に結びつく訳ではなかった。現実が苦しかった。

秋。2枚目のボイスサンプル制作にとりかかる。自らに課した期限が「あと半年」に迫っていた。映像プロセミナーやCMナレーションセミナーなど、生き急ぐようにバーズのすべてを吸収した。切羽詰まった追い立てられるような感覚。早くその成果を確かめたかった。サンプルは武信&狩野マネージャーにきいてもらった。
「情熱も伝わってきているし、今回のサンプルなら、いけるかもしれない」

ついに小さなボイスオーバーの仕事の機会がきた。全力で仕事に向かう。だが結果は散々だった。「自分でなくてもかまわない。他の誰でもいいプレイをしてしまった」

小さな仕事をつなげることができなくては、大きな仕事へとは届かない。日ごとに増す焦燥感。なんとか前へ進むために、右も左も分からないまま営業も経験。しかし仕事につながることはなかった。バーズブログにアップされる「営業したら仕事がきました」の記事が、信じられなかった。なんとかしなければ。もっともっと頑張って…そうやって暗い数ヶ月。
気がつけば季節が一周していた。心に決めた1年が過ぎた。この道を諦めなければいけない。

ふとあるレッスンでの講師からの言葉を思い出した「人は人ですよ」
「単純な言葉だったんですけど。その時、ふに落ちてきたんです。ひとつひとつの講師の言葉がつながっていった感じです。それ以来、焦っている自分が馬鹿らしくなって、肩の力が抜けていったんです」

フルスイングしてこそ輝く

4月。突然、武信マネージャーから携帯が鳴った。
「この春はじまってる新番組なんだけど、ピンチヒッターとしていける?番組自体はお昼の帯で、ー回きりだけなんだけどね」準備はできていた。それは心の準備だ。バーズでは「プロとして闘うエッジ感」を教わってきたのかもしれない。

「当てにいこうとしてバント狙いで外すのが一番、格好悪い。フルスイングなら、たとえ空振りでも、観客は湧かせれるかもしれない」

そして本番を迎え、織田ッぱは振り切った。

それからの勢いは織田ッぱを中心に渦を巻いていく。他のコーナーディレクターからも声がかかった。聞けば最初のディレクターが「織田ッぱがおもしろいよ」と仲間に声をかけてくれていたのだった。それぞれの曜日ディレクターからも次々と求められ始めた。たった一回のピンチヒッターのはずが、いまや立ち上がりの番組を盛り上げる役割を担っている。

『焦って苦しんでいた頃って、「俺が自分でなんとかしなければ」って勘違いをしてたんですよ。実はそれってオレがオレがっていう独りよがりだったんです。それだけでは、まわりを巻き込んでいけないんだなって、ようやく分かり始めたばっかりなんです』

氷の世界は融け始めた。
変化のエッジに挑んだ彼は、自由になった。
そしてそれを楽しんでいた。

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