2007年12月13日 ナレーターメルマガ67号より転載

売れてもないのに大手事務所3社を渡り歩いた奇跡の女、亀子・最後の大ばくち!
女ナレーターを追い続けたこの一代記も、今宵、ついにその幕を降ろすッ!

とある自分の大失態を、芸人「中田ピッケル」の持ちネタ『どんまい節』を歌うことで乗り越えた亀子!エンターテイナーとして初心に帰った亀子は、最後のボイスサンプル作りを決意!そして思いついたのが…
所属事務所『小熊気分』で唯一の理解者”サーカス部部長”へ、「歌、芝居、ナレーション、すべてを部長へのメッセージ」という前代未聞のボイスサンプルを届けるというものであった!

そして超異色のサンプル作りのため訪れたスタジオバーズでは大窓王と出会い、秘策中の秘策『サーカス魂を揺さぶる”口上”』を伝授される…

見事サンプルを完成させた亀子は!
ああ、亀子は!

吸い込まれるように小熊気分のビルへと入っていくのであった…

ついに今宵フィナーレを迎えんとする亀子の物語だが、今号もベールをかぶせることでしか、その美しさを伝えることができないことをお許し願いたい!
だが筆者は!物語の深淵に潜むなにがしかの輝きを読み解く読者が現れることを、信じてやまぬものであるッ!


エンターテイナー,ボイスサンプル,ナレーション


その日。
筆者は昼から、所属する事務所の先輩の現場に同行させてもらっていた。

そして夜も更けた頃。
数本の仕事が終わり、さらなる現場に向かうタクシーの中、突然、けたたましく筆者の携帯が鳴ったのであった。

嗚呼!
結末を知らせるべき亀子の、まさかの第一声はッ!
こみあげる嗚咽で「もしもし」すら言えぬ亀子の有様をみれば、結果は聞くまでもなかった!

『謎配は~ん…えぐ…ウチ今日サンプルを出して…えぐえぐ』
「ど、どうしたんですか?!なんでサンプル渡して泣いてんですか?!」
『それがね…えぐえぐ…うわぁん…ちきしょ~…!』

ちきしょう…ッ!これまで亀子が吐いたことのない暴言ッ!

尋常でない亀子の様子を見れば、何がおこったかの察しはつく。
筆者とて一緒にサンプルを収録した身、取り乱しかけたところを先輩氏にいさめられ、静かに亀子に問う。

「だめだったんですか…どんまい節?」
『ううん…その前に…

『その前に…サーカス部部長に、ウチの声が届かへんかったんよ…』
「え?!」

『エレベーターの扉がウィーンてあいた瞬間、ぱあっと目の前に事務所の風景が広がってね。みんな忙しそうに働いてて…ウチ、空気に呑まれてしまって、ひるんでしまったんよ…そしたらその内の一人が『何か用ですか』って。その何気ない言い方がすごく怖く聞こえて…ウチその瞬間、せっかく大窓王に教えてもろた”口上”を全部ド忘れしてしもうて…』
「忘…?で、でも、サンプルは?!渡したんでしょう?!」

『ウチがエレベーターの前で棒立ちしてたんで、サーカス部のもぎり担当の人が『あ、サンプルですかー。じゃ預かっておきますねー』って。』
「え?!部長に直接渡さなきゃダメってあれほど…!」
『うん…でも…ウチ、あかんね…』

ウチ…とんだ根性なしで…ウチ…!
切れた携帯を呆然と見つめる私の肩に手をおき、先輩が言うのであった。

『事情はわからないけど何かあったんだね。私はここで降りて一人で仕事に向かうよ。君はすぐ亀子ちゃんの傍に行ってあげなさい。これでタクシー代を払って、残ったぶんは亀子ちゃんに暖かいものでも食べさせておあげ』
そしてタクシーは行き先を急遽赤坂に変え、亀子が待つ某歌声喫茶へと飛ばしたのであった!


車中で筆者は、緊急事態を大窓王に連絡!亀子にもたくさんの失点があったことを伝えた。

口上を忘れて機先を制さなかったこと。
部長のためだけにつくったサンプルを他人に渡してしまったこと…。

大窓王は『事務所の雰囲気に呑まれて、心が折れてしまったんだね。でもまあ女の子一人でよく頑張ったよ。山上はとりあえず亀子の様子をみてあげなさい。その後、私に連絡するように』

見るがいい亀子!
お前を応援してくれる人は、こんなにも、いるッ!

思えば…厳格の両親のもと過ごした少女時代を超大御所声優の美声に救われ、単身上京。
世間知らずの娘が歩き出した、Vシネ養成所から始まった、ナレーションの旅。

亀子の旅は、決して軽やかなものではなかったはずだ。
無い智恵を振り絞り、あの手この手で大手事務所を渡り歩き、生きのびてきた。
それは彼女が愛しみ育ててきた陸亀の歩みのごとく、一歩、また一歩と踏みしめるように歩んできたものだ。それを…それを…!

このままでいいのか亀子ッ!まだ、まだやれることはあるはずだろう!

そしてタクシーを飛び降り、私が歌声喫茶の扉をあけた瞬間、目にしたものは…

誰もいない静かな店内で、ランプシェード越しの薄明かりに浮かび上がる、中田ピッケルと、その肩にぴったりと寄り添う亀子。

揺らめく二人の影は、ピッケルが持ちネタの”紙切り芸”で作る「寄り添う男女のシルエット」そのままの姿を壁に映しだしていた。

そして二人が口づさむのは「どんまい節」…

冷たい業界の風にさらされながら 亀子はそれでも生きていく
光ってるのは傷ついて はがれかけたスパンコールが光るから
いっそ流行の流れに身を任せ 流れ落ちてしまったほうが楽なのにね
やせこけてそんなにやせこけて 亀子はオンナになりました
どんまい!踏んづけられたウドンのようなキミを
踏んづけられなかったソバのような奴らが笑うだろう
どんまい!叩かれたカツオのようなキミを
叩かれなかったソバのような奴らが笑うだろう…


その瞬間、筆者はすべてを理解した。

小熊気分のビルで亀子の身に起こったこと…
確かにそれは、寂しさゆえに爬虫類などをペットにしてしまうような女の心の弱さを露呈してしまったものかもしれない…

だが。

亀子は、いま。
飼育箱の中から這いだし、中田ピッケルという名の大海原をみつけ、新しい航海に出たのだ。

それが証拠に見よ、亀子は「どんまい節」を、たとえ声は小さくとも力強く歌いあげているではないか。

泳ぐがいい、亀子。お前とピッケルの旅はまだ始まったばかりだ。
たとえ星の見えぬ闇夜を迎えても、ピッケルという海に抱かれてさえいれば、きっと輝く未来にたどり着くさ。

東へ!
東へ!
明日を告げる日の出を求めて、力の限り泳ぎきってみせろ!

筆者は何もいわず扉を閉めた。
そして大窓王に電話を入れたのであった。

「社長!亀子は大丈夫みたいです!これからも大変だろうけど、でも『どんまい』ですから!」
『…あれ…そういえば亀子ってさ…』
「?」
『陸亀じゃなかったっけ?海に入って平気なの?』
「か、かめこーっ!」

(完)

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