2010年8月7日ナレーターメルマガ187号より転載

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洋一郎 さて久しぶりに帰ってまいりました、『ナレーター”虎の穴”』!今回のテーマは?

賢治 いやぁ、こいつは凄い『新人時代ってどういうものでしたか?お二人の個人的な経験でいいので参考に教えてください。特に…収入とかききたいです』だそうです。

洋一郎 え!それはちょっと難しいな(^_^;)

賢治 はは。まあ答えれるとこまでは答えましょうよ。僕の場合「第1夜:ナレーターってどうなるの?編」で話したようなラジオ系のCMの仕事は、グロスで引き受けてました。あ、グロスってのは今のように一本いくらでやる仕事じゃなくて、全部やって”月いくら”ってギャラですね。多い時は40本くらいあってw少ない時は超ラッキー!って。


(司会の山上が無理矢理…『ぼんやりどれくらいか、教えてもらえませんかw?』)


賢治 うーんwww 一般社会の初任給よりはぜんぜん低かった。もちろんバイトしてたし。その収入で家賃6万円のところに住んでたというw今思えばどうやって生活してたのかなあ

洋一郎 家賃って普通、総収入の3分の1っていうよね?

賢治 3分の1では済まなかったですよ確実にw ちなみにあおいさんはどうでした?

洋一郎 僕は地方出身だし、まあ10年以上も前の話だから、これを読んでる皆さんにはあまり役にたたないかもしれないけど。総じてギャラが低い所だった。ほんと、1000円違えば「ぜんぜん違う世界なんだ!」って感じだったwもちろん私も貧しかったです。

賢治 みんな歴史があるんだ。俺は地上波の初レギュラーの時は、まだ神奈川から通いで東京に行ってたくらい。まだまだ貧しかった。

洋一郎 それって、いくつぐらいの時ですか?

賢治 25歳とか、それくらいだったですね。例のラジオをやめて1~2年はたってた。もちろんフリーでした。

洋一郎 じゃ喋りをはじめて、2~3年で、地上波レギュラーを掴んでたってこと?それはすごいですね!

賢治 でもVPとか小さい仕事もたくさん積み上げましたよ。一万円以下の仕事も、たくさんありました…(しみじみ)

洋一郎 安い仕事なら僕も経験あるよ。上京して、初めての地上波レギュラーが中部地方限定の番組で。全国ネットじゃないし、ギャラはどうしても安かった。
でも忘れもしません、今や押しも押されぬとある全国区のグラビアアイドルの方が、デビューだったんでしょうね。毎週顔出しで出てらっしゃって……いや、今思い出してもあの人気アイドル○○○あ○さんがギャラ1万だったとはw

賢治 え!顔出しで?あの大人気の○○○あ○さんが?

洋一郎 ええ。今じゃ絶対考えられないでしょ( ̄ー ̄)?


(司会山上『ちなみにあおいさんはいかほど…w?』)


洋一郎 金のことになるとやまちゃんは執念深いねw はは、地方の番組だったしね。1万円だった。

賢治 お!○○○あ○さんと一緒なんですかw!

洋一郎 違うよ!○○○あ○さんは、月の4回合計が1万円だった!僕は一本1万円!

賢治 話しだけきくと凄いっすね、『○○○あ○さんの4倍もらってた男』だw!

洋一郎 今は僕の何倍お稼ぎになられているやらw アイドルって凄い!

…………………………

かつてのメルマガ企画で『ナレーターの収入って?』という質問に、『買いたい時に買いたい車が買えるようになりました』と答えてくれた佐藤賢治の、清貧(?)な時代。
そしてまさかの、トップアイドルの”4倍”を稼いでいた若きあおい洋一郎。

誰しも、はじめの一歩は小さきもの。
それでも挫けず”いま”を築けたのは、視線の先に大きな夢を描いていたからに違いありません。

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