HOME > マネージャーの視点 > 極細木スガ子の「きっぱり言うわよ!」 > 18話・事務所の深い落とし穴編(最終)「夜と夜の朝。答えを知っているのは誰か?」

ナレーター専門,マネージャー,

2009年12月17日 ナレーターメルマガ128号より転載

声優,ナレータートイレでえづいている間、「己の心」に気づいた…
『自分じゃなくてもいい仕事』そんな仕事の本数をこなす事で、認められたいと祈るような気持ち。

しかしそこを乗り越え、『自分でなければならない仕事』を目指さなければ、オンエアーという頂きには届かない。
『プレーヤーがどんな風に売れていくかはそれぞれ違うもの。なぜなら皆が違う個性を持っているから』
えづくだけえづいたあと極細木の言葉に、コップの水がうまく感じた。

席に戻ると極細木はたちあがって紫色のスーツを着、帰り支度をはじめていた。
「ぼく、まだ飲(や)れます」
「ふふ。帰りましょ」

しだいに夜の底に消えていく女将のお辞儀をバックミラーにみながら、私はタクシーの座席に身をうずめた。極細木は、ずっと窓の外を見ている。酒のせいか、対向車線を走る車の慌ただしさが、やけに目をまわさせる。

でも明るい未来だってあるはずなのにね

「とある有名なナレーターで『かき氷パイ助』という人がいるわよね。とても変わった良い声をしている方で、”印象的な悪役”という感じでよくアニメに出ている…この方は声優時代、その能力をほとんど評価されなかったんだって。ところが50代を過ぎてから、その声質と朴訥な語りでナレーターとして売れて、そのことで声優としても再評価されたのよ。『未来』それは誰にでも来る。けれどそれは予測できないのよ。私にも…」

極細木は、窓にうつる自分の顔の向こうに何をみているのだろう。これまでに出会った数々のキラ星のような才能に恵まれたプレイヤーか。それとも才能が足りないのに売れていった、うれしい裏切りのプレイヤーか…あるいはその何十倍もいる、深く沈んでいったプレイヤーたちか…

「…まずは自分を知り、できなかったことも、これからできることも認めていくことね。多くの人は自分との会話が足りないんだわ。だから「何もない時期」の中で、焦りや諦め、様々な気持ちが混在して、ふと自分を見失うようで怖くなるんじゃないかな。たしかに未来は怖いものかも。でも明るい未来だってあるはずなのにね」

今夜、彼女の言葉ひとつひとつから感じられたのは、「山高く谷深い、マネージャー人生」だった。

時に厳しく現実を叩き付ける一方で、プレイヤーをどうにかしようとあがき、だが彼女もまた現実の前に自分の力のなさと”人間”の難しさに嘆いていたのだ。声業界の女帝。そう呼ばれる重みが、その言葉ひとつひとつにあった。ことばを生業にするナレーターを志しながら、そのように人と話したことがなかった自分を顧みて、私の胸にこみあげるものがある。

その質問だけは、私じゃなくて自分にききなさい

「苦しんできたんでしょ」極細木が言った。
「ええ。何度もえづくんですが…なかなか…」
「はは、違うわ。”声の人生”のこと。山ちゃんの話をきいてると、『ワタクシもそうだった』『ワタクシも今もそう』と思う事がたくさんあるの…」今宵はじめて聴く、極細木の”小さな声”だった。

「僕は…声業界に憧れて若くして上京しました。はじめは”声”といっても、声優とかナレーターとか何がなんだかわからなくて…自分に何が向いてるか、何をすればいいのかもわかりませんでした。軽い気持ちで声優養成所に入り、でも養成所では認められず、次の養成所にいき落第で、また次へ…でも養成所を出たいま、何をすればいいのかがわからなくて…」
壊れたレコードのように、幾度目かの自分語りをしていた。

タクシーは大きな橋を渡った。都会を流れる小さな河が暗く揺れている。しかし空は群青に変わっていた。
「僕ナレーターになるために、もう10年近く費やしてきました。人生かけて、命を削るように集中してきました。長く時間をすごして辛いこともあるけど、でも…」

タクシーは目的地に着こうとスローダウンした。かつては恐ろしかった女帝とのちょっとした沈黙が、今では言葉を消化する時間になっていることに気づいた。ドアがあいて極細木が車をおりる瞬間、聴いてはいけないと我慢していた最後の質問が出てしまった。
「先生…こんな僕でもナレーターとして…まだ可能性はあるんでしょうか…?」

初めて極細木が私の顔をのぞきこんだ。窓の外では雲間から突き刺すように朝日の帯がみえる。極細木はドンっと私の胸をたたいた。
「その質問だけは、私じゃなくて自分にききなさい」
瞬間、たたかれた衝撃で最後の一吐きがあがってきてしまった。
「おえ~っ!」
それは自分の実存を確認した瞬間だった。それは朝日にあたってキラキラと私の目を爽やかに突き刺す。こうして、私と極細木の夜はさんさんと輝く光とともに終わりを告げたのだった。

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