2006年7月27日 ナレーターメルマガ15号より転載

養成所,所属今まで実演者としてひたむきに、ただただ己の芸を磨く事だけに集中していた私にとって、声の業界のマネージャーの視点とはあまりに無慈悲で機械的な現実をたたきつけていた。

所属審査は5分で決まること。そしてそのポイントが大人数の中でいかに印象に残すか、であること。養成所と事務所の関係のこと。大規模事務所のマネージャーとは想像以上に縦割りの細分化された世界であること。

預りになったはいいけれど

「先生……」
私はやっとの想いで極細木(ゴクボソキ)に声をかけた。
「5分…で運命が別れた後のお話を伺ってもいいですか。養成所から所属審査に受かったら、そのあと普通は〈預り〉といって、研修みたいな立場になりますよね?1年くらい様子を見られるじゃありませんか」
極細木はその太い首をゴキゴキと揺らしつつ、大儀そうに右手で左の肩を揉んでいる。

「僕、知り合いにこんな話を聴いた事があるんです。『預りになったはいいけれど仕事が全然回ってこない。だから実績がなくてクビを切られた』と。『預りになって逆にプレイをアピールする機会もなくなるなら、養成所生のほうが良かった』と。これではあんまりではありませんか」
「あー」
ぬたりと鈍く光を反射する唇の端だけを器用に下げながら、極細木は言う。
「そうかもねー。よくあるふつ~の話ヨ」

この女は何なのだ。この他人ごとっぷりは一体どういうつもりなのだ。この時点でプレイヤーは、養成所から何百分の一の倍率を勝ち抜いた、それなりの価値を持つ存在のはずではないか。

「ヒマなくて、なかなか構えないのよね~ワタクシたち」
「!!」

「ウチの事務所ではね、晴れて預りになれたコ達は、まずは顔を覚えてもらおうと事務所に日参するワよ。でもね~。ワタクシ達も大物プレイヤーを相手に、日々バタバタ仕事に追われてるのヨ。大物プレーヤーは預りの100人分稼ぐのよ。事務所の壁に並んで突っ立ってる何人もの100分の1の存在を、なかなか構えないのよ」
「しかし……先生がたは、新人プレイヤー達を放ったらかしなのですか?!」
「そこは、認めなければいけないかもね」
「…むしろ…興味がないのではないですか…」
極細木は、答えぬ。

私は、銀縁眼鏡の奧の一本線のような目に翳りを一瞬見たような気がした。だが、すぐさまいつもの女帝の風格をとりもどし、淡々と鱧の焼き物から小骨を除くことに集中していた。

その程度の根性なら、心は動かされないのヨ!

「でもね、プレイヤー側だって問題とも言えるワ。そうね…預りが4月に決まって、事務所にお百度踏む子達も、ゴールデンウィークを境にぱったり来なくなるのよ。私もプロとして声のマネージャーやってるのよ。正直、その程度の根性なら、心は動かされないのヨ!」
「……」
「山ちゃん、ワタクシはね…いい?ワタクシは、よ?そういう状況を快く思っていた訳ではないのヨ。仮にもワタクシは極細木です。ちゃんと一から十までしつけた新人だっているワヨ」

なんという事であろうか。
この冷徹な女帝極細木が可能性を感じ、細部に渡って指導をした新人がかつていたというのだ。それはどのようなプレイヤーで、一体我々と何が違ったというのであろうか…
雨は止み、いつしか雲間から漏れる月光に濡れた東京タワーが、窓ガラスに遠く滲んで虹色に光を反射していた。

次号、見え隠れする人間極細木スガ子の心の襞とは!

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