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ナレーションの虎

1.限界を超える「イメージの殻」

限界を超える[ママイクコ]2010/12/09(Thu) 03:19
こんにちは。いつも読ませていただいております。
グサグサとささるものがあり、日々頑張らねばと思っています。
ナレーターが1日18時間ナレーションを練習していたとか、ある声優さんが声を枯らしてハスキーにして男役を臨んだとか、限界点を超えることで見えてくるものがあるという話を耳にします。
ナレーターを目指しているものとして私も限界点を超えてみたいと強く思うことがあります。ナレーションを習っていた時、一日6時間ぐらいナレーションを練習していて自負していました。。
しかし講師にナレーションを発表したときにまだまだ甘い、それなりに上手いだけで飛びぬけて上手いわけではなく、個性がないと真向から否定され、何に向かって努力したらいいのかとかあの稽古時間はなんだったのかと泣きたくなりました。そしてオーディションに落ちました。今思えば自分に酔っていて量より質が大事ということに気づいていなかったのかもしれません。
限界を超えたいのは何度も受けたオーディションで一度も最後までいかない、事務所にさえ所属できない、仕事ももちろんしたことない自分を変えたいのです。
大事なことは人に聞いてはいけないと思いますが、自分の思いつくことは挑戦してもみました。今日も一人で稽古中に笑っても、叫んでも、怒っても、モノマネをしても何も変わらない自分がいて、声が枯れれば本末転倒です。趣向を変えて体力づくりも考えましたがそれはアスリートであって、声の表現者を目指すものとしてはどこか違う気がします。
限界を超えると見えてくるものがるとは言うけど、しかし量より質とも言われたことがあり、限界を超えるにはどうしたらいいのか。逆境に立った時の経験でもなんでもかまいません。
なにかいい練習方法があれば、もしよければ教えてください。

Re: 限界を超える[松田佑貴]
ママイクコさん、はじめまして。松田佑貴です。
私もあまりはじけるタイプではないので、すっごく分かります(^_^;)
ただ、こうすれば限界を突破できる!という方法は私は分かりません。限界を超える事は、あくまでも成長の目的ではなく、結果だと思うんです。たとえば、1日18時間練習したのは、その先に何か目的があっての事だと思います。
例えば、オーディションに受かりたい、良いボイスサンプルを作りたい、絶対に失敗できない仕事をもらった・・・等々です。声をハスキーにするのも、男役をやるためです。決して、自分の限界を超えるためにやったのではありません。
私の場合は、劇団でだいぶ限界を乗り越えていったと思います。というか、超えざるをえないんですよね。みんなで作り上げていく舞台を、私1人が足を引っ張る訳にはいかないので。(とはいえ、たぶんそれでも引っ張っていたと思いますが・・・)
後から考えると、その頃の私は「演技がうまいと思われたい」「人からダメな人間だと思われたくない」などしゅうち心や虚栄心が成長の足を引っ張っていました。その後、「人からどう見られても別に良いや」と開き直ってから、一気に成長した気がします。むしろ、そっちの方が「芝居うまくなったね」など、褒められたりもしました(^_^;)
私の場合、この劇団で大きく成長させてもらいました。が、なかなかそんな環境に身を置くことはできないですよね(^_^;)
今は劇団も解散し、声優・ナレーターとして今、私が意識している事は、自分を高めてくれる良い作品に触れて、良い人間関係を作ることです。

例えば、私はシルク・ドゥ・ソレイユが好きなのですが、見に行くと、ホントに言葉で説明できないくらいすごいんですよ。綱渡りして、綱の真ん中でバック宙したり、一輪車でジャンプしたりするんです。まったく意味が分からないですよ。そもそもなんで、そんな事しなきゃならないのか?(笑) で、そんな芸をするためには、それこそ並大抵の努力じゃ出来ないと思うんですね。少なくとも、私よりはいっぱい練習しているな、と(笑) だから、その努力や勢いをインスパイアする訳です。よく先輩が「良い作品に触れなさい」などのアドバイスをくれると思います。良い作品に触れるというのは、その人の情熱であったり、努力の量や質も含めて、そういうものひっくるめて全て自分に取り入れて、高めていける素材でもあるんです。

人間関係でも、自分より努力している人や頑張っている人と一緒にいると、パワーをもらえると思います。ただし、クレクレ星人はよくありません。エネルギーを吸い取る人とは一緒にいたくありませんから。
こんな感じで「自分はまだまだしゅうち心があるな」とか「まだまだ努力が足りないな」などと思える環境を作れば、自分の練習のやり方も、少しずつ変わっていくと思います。その課程で、自然と壁を越えるキッカケは出来るのではないでしょうか。
最後になりますが、ママイクコさんは「量より質の方が大事だ」という事に気づけたのですから、その練習は決して無駄ではなかったと思います。それだけ大量の練習をしなければ、今でも気づけなかったのですから・・・。
ちょっとずつでも良いから、周りの環境を変えて、良い作品(音楽でも絵画でも演劇でも何でも)に触れて、ぜひ自分を高めて、さらにはママイクコさんの限界を突破しまくっちゃってください!

Re^2: 限界を超える[ママイクコ]
松田佑貴様こんにちは。お返事が遅くなりましたこと、深くお詫び申し上げます。
文面からお人柄が伝わってきてすごく親近感を感じました。はじけることは本当に苦手です。毎日この掲示板に書かれたことを読んでいました。休養を取りながらですが。

アドバイスを受けて、アマチュアの劇団やプロの劇団、音楽ライブなどいくつか見てきました。
やっぱり私は人を楽しませたいんだとか、伝えたいんだという気持ちになりました。そして練習回数がみえる公演を見たときは、同じ表現者として私もあんな風になれるようにと思いました。
感じたものを自分なりに表現することはまだまだ出来ませんが、今までとは違う方法でなんだろうなと、ゆっくり考えています。

一日でも早く人よりうまく見えたい菌を分解するために自己暗示を頑張っています。
アドバイスありがとうございました。

もし、また返信がいただけるのであれば、再度質問なのです。
はじける一環として声量をつけたいなと思っています。新人のうちは声量大事だよと言われたこともあり、以前は時間をかなりとってやっていたので毎日がらがらに枯れていましたが、今は一日おきに1時間発声(大きめの声量で)して、1時間ナレーションしているのですが(普通の声量で)、それでも枯れて、喉が痛くなります。そして5日間くらいは喉の痛みが長引きます。
休むと声量はつかないと思い、悪循環ですが痛みの引かないままやることもあります。
これはもともと喉が弱いせいなのか、病気なのか、それとも一般的に2時間はしないものなのかがわかりません。しかしもし3時間の収録だったら、1時間のナレーション練習でも喉は痛くなるので、つかいものにならないのでと不安です。
発声はボイストレーニング(歌を教えている)先生に以前習った息もれのない鼻の後ろに充てる発声法です。裏声に練習もしています。しかし、時間がたつにつれ、最初はできていた息もれのない発声も声帯の疲労とともに息がだんだん漏れて読んでいる途中にしんどくなってくるのがわかります。

ナレーションとは少しずれますがもしよければ教えてください。

Re: 限界を超える[都さゆり]
限界を感じた時、どうするか?(私の場合)
・休養する
・気分転換する
・そして、場合によっては方向転換する。
(多少の努力はしますが、あまり、辛い努力はしません^^;)
「限界」とか「逆境」はマイナスだとは限りません。
「限界」が違う道へのスタート地点になることもあると思います。
かつて、私は大きく方向転換した経験があるので、それを実感します。
文面から、ママイクコさんはちょっぴりお疲れなのではないでしょうか?
心と身体を十分にいたわって、休ませてあげましょう。
その上で、改めて、自分の状況を客観的に見つめてみてください。
それでも、やはり、限界を感じるなら、今までと何かを変えるときに来ているのかもしれませんね。
ちょっと立ち止まったり、方向転換したりすることは決して悪い事ではありませんよ。
ママイクコさんが楽しく努力することができる場所と時間を見出すことができますようにお祈りしています。

限界は他者の力を借りることで越える[謎の配達人]
ママイクコさん、ナレ虎へようこそ、書き込みありがとうございます^^
僕は限界とは自分そのものだと考えています。自分一人では自分の想定を越えられませんから。なので自分そのものを超えるには「他の人の感性・経験」を借りることが不可欠です。誰かの力を借りるためには、その前に、きちんと自分と向き合っておく必要があります。自分と向き合わずに助力を乞うても、ものごとの一面しかみえず「理解」につながらないからです。向き合うとは”想い”ではなく現実をうけとめること。現実は常に多面的ですので、良い面も悪い面も一切をきちんと引き受けることです。このことが”自立”への第一歩なのだと思います。自立することは経済的な意味だけではないと思います。自分で現実的に責任をおって判断していくことなのだと思います。

上記を踏まえまして、「他の人からのアドバイスをどう活用するか、していけるのか」という所に「限界を越える」きっかけがあるように思うのですね。

ママイクコさんの書き込みをみれば【個性的でないと真向から否定された】は、講師は実際は「個性的でないことを伝えただけ」じゃないかと思うのです。ですがママイクコさんは一面的な自分の思いを捉えて「否定された」と強いショックを感じるだけで終わっています。つまり「感情だけを理由にアドバイスを活用できてない」非常にもったいない状況にみえます。
気持は痛いほどわかります。僕も「理想の自分」と「現実の自分」のギャップに毎回ショックを受けます。ましてや他人にそこを突かれると、一瞬穴に入りたいような気持になりますよね^^;

でも講師の目線で言うと、(さまざまな講師論があると思いますが)僕の場合ママイクコさんが個性的であろうがなかろうが「売れていればok」「なんであれ売れていくことを一緒に考えましょう」なのですね。教壇で話すことは、ナレーションのプレイに対するもの以外、一切ありません。個性的であればそれを、個性的でなければないなりの方法論を考えて行きます。なので前提として聴き手の素直な感想「僕には個性は伝わってこなかったなぁ」を伝えなければいけません。伝えて理解してもらわねば、現実的な対処ができないからなんです。

ここで「一生懸命やってるのに個性がないと”否定された”。あの時間はなんだったのか」と感情だけの話をされると、講師としての足は止まります。聴き手が「感情だけの段階」だと「感情だけの声しか届かない」ことが多いからです。僕の養成所時代がそうでした(^_^;)

一方で【あの稽古時間はなんだったのか】という経験を経たからこそ「これだけやってダメでしたので、次の方法探してます。なのでコレをみてみてください」と言う生徒もいます。こう言ってもらえれば講師は「それやるんだったら、こうやってみたら?」と声をかけることができるようになります。

ママイクコさんと講師のすれ違いは「過去~現在」をみている目線と、「現在~未来」をみている目線のすれ違いなのかもしれません。前向きならいいと言いたいのではありません。後者の生徒は「講師の力を引き出し、未来にむけて活用しようとしている」ということです。
感情をもつな、というのでもないんです。凹みまくってok、いっぱい泣いて笑ってください。

「限界を越えるため」に、他者の力を「引き出す側」にまわってみることです。何かが変わってくると思います。

Re: 限界は他者の力を借りることで越える[ママイクコ]
謎の配達人様お返事ありがとうございます。自分の精神的な部分で、相談しておきながら、どうしていいかわからず、書き込めずじまいでした。前の方がアドバイスしてくださった休養を取りながら、自分はいろいろと考えていました。

自分は何がしたいのか、何ができるのか、どうなりたいのか。そして講師は私にどんな言い方をしてくれたのか思い出していました。講師は常に泣いてもいいし、悩んでもいいから、自分で考えることと言っていました。これがここでいうところの自立なのだなという考えになりました。ここにくるまでに、やっぱり講師のアドバイスさえも活用できていなかったのだなと反省しました。

しかしここで受けたアドバイスのように、「感情で受けた後、じゃあ未来はどうするのか」という引き出しが一つ増えたので、これを忘れずに頑張りたいと思いました。
講師の立場でものを考える、アドバイスを活用する、あたりまえだけどできなかったことを気付かせてくださってありがとうございました。本当にありがとうございました。

前の方の返信にも書いたのですが、
もし、また返信がいただけるのであれば、再度質問です。
はじける一環として声量をつけたいなと思っています。新人のうちは声量大事だよと言われたこともあり、以前は時間をかなりとってやっていたので毎日がらがらに枯れていましたが、今は一日おきに1時間発声(大きめの声量で)して、1時間ナレーションしているのですが(普通の声量で)、それでも枯れて、喉が痛くなります。そして5日間くらいは喉の痛みが長引きます。
休むと声量はつかないと思い、悪循環ですが痛みの引かないままやることもあります。
これはもともと喉が弱いせいなのか、病気なのか、それとも一般的に2時間はしないものなのかがわかりません。しかしもし3時間の収録だったら、1時間のナレーション練習でも喉は痛くなるので、つかいものにならないのではと不安です。
発声はボイストレーニング(歌を教えている)先生に以前習った息もれのない鼻の後ろに充てる発声法です。裏声に練習もしています。しかし、時間がたつにつれ、最初はできていた息もれのない発声も声帯の疲労とともに息がだんだん漏れて読んでいる途中にしんどくなってくるのがわかります。
ナレーションとは少しずれますがもしよければ教えてください。

Re^2: 限界を超える[ママイクコ]
都さゆり様お返事遅くなって大変申し訳ありません。掲示板は毎日読みに来ていたのですが、まだまだどうしていいかわからず返事が書き込めずじまいでした。
今はナレーションも長時間やらずに、休養をとり、少しずつやっています。まだ自分のペースが作れていませんので、調整中です。

休養中に自分でも驚いたことがあり、憧れていたはずのナレーションが追い詰められすぎて楽しくなかったことに気付きました。まったく楽しくないというわけではなく、まだこんなにできていないと感じた時、人と比べてしまったときなど、出口のない部屋に閉じ込められた息苦しさで、自分をいじめ続けていました。
よく見られたいと、うまく思われたいと思った結果です。もちろんそういう気持ちが今でもないわけではなく、それも含めて自分なので少しずつ変わっていけるといいなと思いました。休養しなければ気づかなかったかもしれません。
本当にアドバイスありがとうございました。

前の方の返信にも書いたのですが、
もし、また返信がいただけるのであれば、再度質問なのです。
はじける一環として声量をつけたいなと思っています。新人のうちは声量大事だよと言われたこともあり、以前は時間をかなりとってやっていたので毎日がらがらに枯れていましたが、今は一日おきに1時間発声(大きめの声量で)して、1時間ナレーションしているのですが(普通の声量で)、それでも枯れて、喉が痛くなります。そして5日間くらいは喉の痛みが長引きます。
休むと声量はつかないと思い、悪循環ですが痛みの引かないままやることもあります。
これはもともと喉が弱いせいなのか、病気なのか、それとも一般的に2時間はしないものなのかがわかりません。しかしもし3時間の収録だったら、1時間のナレーション練習でも喉は痛くなるので、つかいものにならないのでと不安です。
発声はボイストレーニング(歌を教えている)先生に以前習った息もれのない鼻の後ろに充てる発声法です。裏声に練習もしています。しかし、時間がたつにつれ、最初はできていた息もれのない発声も声帯の疲労とともに息がだんだん漏れて読んでいる途中にしんどくなってくるのがわかります。
ナレーションとは少しずれますがもしよければ教えてください。

Re: 限界を超える「魂をむき出せ」[大窓王]
 ママイクコさんナレーションの虎へようこそ。
講師陣のすばらしい回答が、胸に届いていることと思います。内容的に重複する部分も多いですが私なりに書いてみます。

「限界を超える」ことは「評価を受ける」ことと必ずしも一致するわけではありません。しかし評価を受けるための突破口として、限界を超えてみるということは充分に有効だと思います。

ただしその前に注意することがあります。変化のスピードは人それぞれ違うということです。たとえそれが人より劣っていようが遅れていようが、それを受け止めてみましょう。受け止めることは苦しいことです。でもきちんと受け止められないと無駄なところでまた苦しみます。それは自我との対決、いや対話かもしれません。そして自分を追いつめるだけでなく休養とのバランスも大事です。

☆「限界を超える」これはイメージの『チカラ』です。
>自分の思いつくことは挑戦。稽古中に笑っても、叫んでも、怒っても、モノマネをして…
>声が枯れれば本末転倒。体力づくりもどこか違う気がします。
結果的にこれらは限界点を超えてはいなかったのでしょう。そして自分の中のイメージでやっていたと思われます。声を枯らしてみる事や体力づくりは「限界点を超える」または「知る」には良いアプローチです。なのになぜだか自分で否定してしまっています。
人は自分のイメージの中で生きています。だから「イメージの殻」は誰にでもあるものです。ナレーションの「イメージの殻」を破ること。それは怖いことではありません楽しいことなのです。楽しいことはラクという訳ではありません。

☆表現して人の心を動かす一つのアプローチとして、非日常的に突き抜けることがあります。

極端すぎる例かもしれませんが、興味深い記事を読んだので転載してみます。決してこれを勧めているわけではありませんよ。ただ魂を揺さぶられる『究極での限界の超えかた』です。
========================
『Number』(文藝春秋)542号に掲載されていた、長野五輪の金メダリスト、男子スピードスケートの清水選手の記事「清水宏保~もう一度金メダル~」より。
 清水のトレーニングは、目を覆いたくなるほど過酷である。特に自転車のローラーを使う無酸素系のトレーニングは、心拍数を生命的限界の220ぐらいにまで上げ、筋肉と脳への酸素の供給を絶ちきるのだ。酸素の供給を絶たれた筋肉は痙攣を起こし、脳は脳死寸前のブラックアウト状態になる。目の前の光が消える一歩手前で自転車を降りるが、苦しみのあまり地べたをのたうち回り、意識が回復するとまた同じことを繰り返す。初めてこの練習を見たときは、不覚にも涙がこぼれた。
「やる方だってイヤですよ。このトレーニングの時は前日からドキドキしますもん。でも、筋肉を破壊しないと新しい筋肉が再生されない。ただ単に筋肉の破壊なら電気ショックを与えても出来ます。でも無酸素系のトレーニングで同時に脳も変容していかないと、いくら筋肉を鍛えても指令を出す脳の限界値が低ければ、意味がなくなってしまう。」(「」内は清水選手の発言)
========================
>同時に脳も変容していかないと、いくら筋肉を鍛えても指令を出す脳の限界値が低ければ、意味がなくなってしまう
このセリフにしびれました。彼にはとてもかなわない。尊敬なんてはるかに超えて、畏怖を感じます。

☆「イメージの殻」を破るには『脳を変容する』こととつながっているような気がします。そして『脳を変容する』には非日常的アプローチが有効じゃないかと私は考えています。シルク・ドゥ・ソレイユを実際にやってみようとしたら確実に脳が変容するんじゃないでしょうか。いや変容しなければとても出来るとも思わないはず。これらに比べれば「裸で踊り狂う」くらい、な~んてことないと思えてしまいそうです。

「イメージの殻」を破ること『脳を変容する』ことを楽しんでみて下さい。そして楽しいことはラクという訳ではありませんが、苦行になってもいけません。

「限界を超える」ために。その1
『魂をむき出しにして吠えるんだ!全身の叫びを』

ママイクコさんが、すばらしい表現者になることを祈っています。

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2.要求を超える

727. プロデューサーの好み [さち] 2005/03/11 23:31
まだまだナレーターのお仕事が出来るほど実力はないのですが、放送業界におけるプロデューサーという立場の方とお仕事をしている皆様のアドバイスを頂きたくて書き込みしました。

私は最近ラジオのレポーターのお仕事をいただきました。ちょっと特殊な期間限定FM局のため、私たちレポーターはイベント業界から選ばれました。私はナレーター(ナレーターコンパニオンではありません)志望なので、これがステップアップの機会になれば!と切に願っているんですが、今壁にぶつかっています。

私はプロデューサーの好みに合わないようです。
「さちの個性はダメだ」と他の人に話していたそうですし、私本人にも技術以外の部分で非難されます。
プロデューサーの要求に対応できてこそのプロだと思うので、日々試行錯誤の上必死で頑張っているのですが、自分の感じた事を話すレポーターという立場上、今まで培ってきた表現力=個性を抑えて抑えて喋るのは本当に辛くて・・・。オーディションでも私は同じ様に「個性」を出してアピールしたので、何故私を選んでいただいたのか不思議でたまりません。

具体的には、テンションを上げすぎだと言われます。うるさいと。
もちろん本人は全くテンションなんか上がってないし楽しくもないです。
今まで放送業界でお仕事がしたくともなかなかチャンスに恵まれず、イベントの司会などのお仕事をしてきたので、イベントとラジオの違いがつかめない。またお芝居の勉強もしてきているので大きく表現するくせがついている、というのもあると思いますが。
自分が気持ちよく喋る事ができる事よりも、多くの方が安心して聞ける事の方が重要である事は良くわかっています。
でも「個性がダメ」と言われている以上、やっぱりこれはプロデューサーの好みなのかな、と。
「ダメ」とは言われない他のレポーターの喋りは、私には非常につまらなく聞こえて、参考にはしたくありません。
どうやって自分のモチベーションを保って、どうやってプロデューサーの要求に応えていったらいいんでしょうか・・・。

728. Re: プロデューサーの好み [恵] 2005/03/13 23:24
こんにちは、さちさん。
現在ラジオのレポーターをしながらナレーターをしている、恵と申します。

レポーターは「感じたことを話すもの」と思っていらっしゃる方が多いですが、聴いている人に伝わらなければ「ただのひとりよがり」に過ぎません。また要求に答えられなければ、素人レポーターと同じです。私もどちらかというと元気で弾けたキャラがベースですが、PやDあるいはインタビューする相手がそれを好まなければ普通にやっています。(というか、どんな雰囲気を望むか毎回確認)
たとえリスナーから「恵さんらしくない」と言われても、ギャラをもらって仕事をするという立場である以上、その目的や要求に答えなければと思うのです。今度の現場がどんなものか不明ですが、「こんなイベントやってますよ、こんな人に話を聞きますよ」という内容であれば、情報の仲介者・伝達者とわりきって仕事をするしかないでしょう。イベントを楽しんでいるのは来場者の皆さんです。その様子を描写しながら、しっかりイベントの時間や場所を伝えましょう。例えば駐車場やゲート前の混雑状況はどうですか?あなた自身の個性も大事ですが、イベント会場にいる人や向かっている人に便利な情報になればいいんじゃないですか?

少々キツイことを書きましたが、いろんな要求に答えることで、ナレーションのバリエーションも増えるはず・・・私自身がそうでしたから。丁寧に落ち着いて伝えるという新たな自分の発見のチャンス!さちさんのステップアップの時期ですよ。

730. Re:要求を超える [大窓王] 2005/03/14 22:21
一人一人の個性はさまざまです。
的確に伝えることに重点を置いて表現している人や、個性を押し出して表現している人など、さまざまです。それぞれの表現方法を支持する人がいると思います。どこにも正解がありません。

 あなたが個性と思っていることは独りよがりなことかもしれません。
また、プロデューサー、ディレクターの指摘も独りよがりなことなのかも知れません。

 知人でTV番組のレポーターをやっている人の話をします。当時新人の彼女は、レポーターとしてはぎこちなく、ベテランの前任者と比較され、プロデューサーやディレクターから実力を疑問視されていました。レポーターを変える話にまで進んでいたようです。そんなところへ、番組に一通のハガキが舞い込みました。ぎこちないながらもさわやかにレポートする彼女のファンになったと書いてありました。それからも別の視聴者から2〜3通の応援のハガキがやってきました。プロデューサーやディレクターの彼女に対する評価は一変しました。その後の長い間、レギュラーレポーターをつとめることになりました。

 無名なうちは、その人の個性は認められにくいものです。評価されないと、自分自身でさえも個性を信じられないのかもしれません。絶対的な基準がないのでプロデューサーやディレクターも独自の表現をすることに警戒心があったりするのでしょう。(ついでに事務所やマネージャーも(^_^;))

 人の心をつかむには個性的である方が早いです。と同時に危険です。
三振をとるボールのそばにはホームランを打たれやすいポイントがあるのです。的確にストライクをとれる変化球(技術)も必要ですし、決め玉としてのストレート(個性)ももっと磨かないといけないのでしょうね^^あ、あと変化球とストレートの配球も大切かも。そこまでいけばエースピッチャーに成れますね(^o^)

さて私が好きな表現者とは、個性的な表現者です。たとえホームランを打たれても、いつかはずばっと三振をとれるかもしれないからです(^o^)

「要求に応えるのではなく要求を超えること」
そのためには意識や集中点を変えることです。いいプレーヤーはやっています。

731. そして普段からネタの貯蓄が必要らしい [ナニワ声優道] 2005/03/14 23:50
(上の書き込み二つを踏まえて)ってな訳で「使い手の想像の枠を出る」為には、普段からのネタの貯蓄が必要やと思いまっせ。「できる?」って言われたら、文字通り瞬間で出せるように鍛錬しとくとかサンプルに入れておくとか、なんでもエエんですけど。とにかく、明日ではダメ、明後日はもっとダメ。なぜなら作り手は一分一秒を争ってとる訳やから。明日はない。そう、明日はないんですわ。もう一回言うけど、明日はないんです。アリとキリギリスやね…

732. Re: [さち] 2005/03/17 01:06
恵さま、大窓王さまお返事ありがとうございます!
私は個性的な表現者を目指したいと思っています。今までマネージャーから「インパクトがない」と言われ続けて来たので、今回目立たなきゃ!!という思いが強すぎるのかもしれません。大窓王さまがおっしゃるとおり、私が個性と思っていることは独りよがりかもしれませんが、このキャラで選ばれた以上やらなきゃ、と思ってしまいます。それ以外頼りに出来るものがないからです。

私が表現した内容については、「わざとらしく感じるので自分は好きではない。でもこういう表現をするキャラで統一出来るなら、それは個性だからやってもいい」と言われました。元々は「やらない方がいい」と言っていながら、次の日に他のレポーターの意見も聞いた上で肯定派が多かったため上記を伝えられました。
この事からも私は好みじゃないんだろうな、と思います。
私は自分なりの表現方法で行う事にしました。自分の回りの人間には「分かりやすい」と言われています。

要求を超えること。もちろん目指しています。しかし、意識や集中点を変える事は非常に難しい事です。そのポイントになかなか気付く事ができません。

ちょっと自分を追い込み過ぎてしまっていたので、気持ちを楽に、あまり考えないようにしてみた所「良くなった」と言われました。これは事務所の人間や周りの友人にです。Pからは何も言われないので結局どうなのか分かりませんが・・・。
心も体も楽になりましたが、レポート中の気持ちも、録音されたものを聞いても、自分ではつまらくなった、と感じます。

Pはああしろこうしろは基本的に言いません。ほめる事もあまりしません。
自由にやらせてダメな所を指摘する、という方法をとります。テンションについても一ヶ月あった研修中は何も言われず、本番直前に指摘され、開局初日一番最初のレポート後に顔をしかめられました。
今回ご相談しているとおり、私にとってこの課題はすぐにクリア出来るものではありませんでした。しかしすでに放送は始まっているので、顔色を伺いながら成長していくしかありません。
今はレポーターに対してリスナーの反応はほとんどありません。Pが感じているものと同じ事を感じているリスナーもいるでしょう。
「今」出来るようにするために、ネタの貯蓄をする事で「何か」を自分自身で気付けるように・・・。するしかないですね!!難しいなぁ。
みなさんありがとうございました!頑張ります!

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3.個性とは美意識である

269. 個性って・・・ [セバ子] 2003/06/13 23:09
はじめまして。私は喋りを勉強している学生です。
今とても悩んでいることがあるので、聞いてください。
皆さんは個性って何だと思いますか?わたしのナレーションを聞いた人は皆口を揃えて「よくあるナレーション」「正統派だね」と言います。正統派が悪いわけではないんですが、それだけではいけないと思うのです。私にしかないものが何なのか、どうやってこの壁を越えたらいいかわかりません。皆さんもこんなことで悩んだことはありますか?もしあるならどうやって乗り越えたのでしょうか?
とても答えづらい質問でスミマセンが、何でもいいのでアドバイスをいただけたらと思います。

270. Re: 個性って・・・ [優] 2003/06/14 14:04
はじめまして、こんにちは(^_^)
さあ、難しい問題ですねえ。
まず、あなたは自分自身のナレーションを「正統派」だと思っていますか?
あなたが、「個性的」なナレーションをしていると思うプロのナレーターは誰ですか?
では、他の人はどう思っているでしょう?

自分が「正統派」もしくは「個性的」と正直に感じるもの。
多くの他人が「正統派」もしくは「個性的」と思うもの。
この辺にヒントがあるような気がします。
ちょっとおおざっぱですが、いきなりたくさん考えると混乱するのでまず一つ、考えてみては?

271. Re: 個性って・・・ [大窓王] 2003/06/15 03:51
ナレーションの虎へようこそ
「正統派」のナレーションを身に付けられたのですね。それは一つの武器ですよ。
無自覚な表現は癖です。自覚的な表現が個性になって行くのだと思います。

個性とは美意識である。

その表現が良いと感じる心です。「正統派」のナレーションを修得できたのなら、その表現が美しいと感じることが出来たのだと思います。なんらかの個性的な表現を良いと感じることが出来るのであれば、きっとそれを修得できると思います。

「正統派」のナレーションは多くの人が良いと感じていたのでしょう。その感じ方も時代とともに変化してきたと思います。いまは平凡なナレーションと、多くの人が感じているのかもしれませんね。あなたが感じる個性的な表現が、次の時代を創って行くかもしれませんし、時代に受け入れられないかも知れません。
壁を越える第一歩は「感じる」ことです(^o^)

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4.NGの恐怖

239. 壁 [SANGO] 2003/04/07 07:06
ナレーターを目指しているものです、質問させて下さい。
よく一度NGを出すと、同じディレクターさんからは一生使ってくれないと聞きますが、実際のところどうなのでしょうか?一生と言わないまでもそれに近いものなのでしょうか。

そんな状況になったら相当へこむと思うのですが、やはり虎の皆様はNGとは無縁でしょうか。もしNGを出してしまった時や、大きな壁にぶつかった時みなさんはそんな時、どうやって乗り越えていらっしゃいますか?よろしければ教えて下さい。

242. Re: NG [大窓王]
NGをだしても、使うディレクターもいれば使わないディレクターもいるようです。
二度と使ってくれない恐怖を克服して、思いきった表現が出来る人が良いプレーヤーでしょう。小さくなった表現でのNGは救いようがないですね(^_^)

244. Re: NG [SANGO] 2003/04/17 03:15
大切なのは、失敗を恐れない勇気ですね。
お答え頂いてありがとうございました。

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5.個性を見つける旅

個性と強み [ちなつ]2008/11/01(Sat) 01:56
私は、ナレーターの勉強を始めて1年が経ち、徐々に売り込みをしていきたいという気持ちが芽生えてきました。そして、そんな時にプロの声優の方にボイスサンプルを聞いていただく機会があり、聞いていただいたところ、「いい声だけど、そこ止まり。生き残っていくためにはどうすればいいのかを自分で考えなさい」と言われました。自分で分析した結果、その方は、私に個性や強みがないということが言いたかったのではないかと思いました。確かに、ボイスサンプルは私は声に特徴がないので、幅広いジャンルを詰め込みました。
しかし、何かにかけるというのはとても勇気がいることだと思いますし、みなさんはどうやって自分の個性や強みを見つけ、磨き続けているのでしょうか。他の方にボイスサンプルを聞いていただいた上で、どのジャンルがいいのかを聞いてみてもバラバラで、自分がどのジャンルにかけるべきかが目下の悩みです。
お忙しい中恐縮ですが、アドバイスをいただけたらと思います。

向き不向きは後からついてくる [山上智]
返信たいへんお待たせいたしました。ちなつさん書き込みありがとうございます。私は根性論派なのでありきたりな答えになっちゃうかもしれませんが、一つの考えとしてきいてくださいね(^_^;)

「個性がない」って悩みをよく聴くのですが、そんなことってあるのかなあと思ってます。仮に本当に『声に特徴がない』のであれば、私なら『無個性な個性がある』と判断するからです。それはコップに半分入った水を「まだ」「もう」どちらで他人にアピールするか、ということです。そして「”まだ””もう”何と言うべきか」は、こちらの好きなように表現すればいいのだと思います。結局、受け取る側もまた、好きなように受け取るしかないからです。
”向き・不向き論”の答えでもあります。

ですから、このことの本質は「コップの水をただ正確に捉えること」なんじゃないでしょうか。
「賭ける」という熱い感じとはちょっと感覚が違うように思います。結果がどうあれそう捉えるしかないという静かな感覚でしょうか。「自分にできることのありのままを、すとんと受け入れる」という感じです。「そのまま」が自動的に「強み」になる(しかない)のではないでしょうか。

誰でも現実の自分はみたくありません。だからその行程は理想の自分とのギャップに絶望を感じる連続かもしれません。でも自分自身を乗り越えることなく他人の心を動かすことができるかなぁとも思うのです。
強みを手にいれる通過儀礼として、パンドラの箱をあける作業が必要なのかもしれませんね。ナレーターにとってはボイスサンプル作りが、その役目を果たします。

『どうやって自分の個性や強みを見つけ、磨き続けているのでしょうか』
少なくとも、他人の中には答えはないんじゃないでしょうか。プロで活躍する全ての人が、天才だらけとも思えません。生き残っている人の多くが”上手くない自分””普通の自分”ときちんと対峙してきた結果ではないでしょうか。むしろ「不向きだったから」強みを作っていけたのではないでしょうか。

返信、ありがとうございます。 [ちなつ]
山下智さんの書き込み、目に涙をにじませながら拝読しました。
私はただ、自分に自信がなくて逃げていただけなのかもしれません。
努力をして前身あるのみ!とパワーがみなぎってきました!
お金を貯めて、是非ボイスサンプルを作りに行きたいと思います!
お忙しい中、返信してくださって本当にありがとうございました。

Re: 個性を見つける旅 [大窓王]
ちなつさんナレーションの虎へようこそ。
「生き残っていくためにはどうすればいいのか」
このことを考え続けることこそが、プロになるために必要な道です。
そして「個性や強み」の大切さに気付いたことは大きな一歩ですね。

 個性的であることは強みの一つです。
無個性のように聞こえる人がいるかも知れません。しかし人である限り無個性ということはあり得ません。あえて無個性で、伝わるナレーションを読むことは、これはこれでとても高い技術を必要とします。

 自分の強みを知るには。
強みというものは、自分だけではなかなかわからないものです。
他者との交流があり、そこからフィードバックしてこそ知り得るものです。

まずOA番組のナレーションと自分を比較することで見えて来るものがあるはずです。
次にボイスサンプルを創る過程でディレクションを受け、自分の出来ること出来ないことを明確にしていくこと。
そして事務所やスクールのナレーター達と交流して批評してもらうこと。
事務所やスクールに所属する意義のひとつには「自分の強みを知るための他者との交流」があるのです。
ちなつさんは、ここで道に迷ってるんだとおもいます。この迷いは自分の強みを知るための試行錯誤が始まりなのです。

 本当の個性とは、がむしゃらにそれを求め試行錯誤した後に、自然とにじみだす物なのではないでしょうか。それは人としての成長の過程や、視野の広がりと同じ軌跡を通るものかも知れません。

 最後にもう一つアドバイスを。
いろんな人にサンプルの感想を聞いたら、それぞれから違う意見がでてきます。
それが真剣であろうといいかげんであろうと、多種多様な視点だからです。
プレーヤーとして長く続けていくには3人のアドバイザーを持つことをお勧めします。
ひとりは厳しい意見をくれる人。次にいつも優しい意見をくれる人。そしてもう一人はその中間。
その3人は自分が信頼できる人であることが大切です。まずはその3人を探してみましょう。
そうすればノイズに惑わされず、道に迷うことが少なくなるかも知れません。

 ちょっとした勇気で何かに賭けることはできるはずです。
もうすでにナレーターという表現者になることに賭けているのだから。
ちなつさんが素敵な個性を持つナレーターになることを祈っています。

Re^2: 個性を見つける旅 [ちなつ]
大窓王様
暖かく親身なアドバイスをありがとうございます。
風みたいに、するするするっと心に入ってくるようなお言葉でした。
大窓王様のアドバイスを胸に、個性豊かなナレーターになれるようにがんばります!
本当にありがとうございました。

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6.色気のある声&表現をするには?

色気のある声&表現をするには? [りんこ]2009/04/23(Thu) 12:51
初めてメッセージをさせていただきます。
地方でタレント活動をしていますりんこと申します。

これまでは顔出しの仕事が多かったのですが、息の長いしゃべり手になりたいとナレーションを勉強しています。
師事しているプロのナレーターの方からは「良く通る声でマイクノリがいい。また、変な癖がないのがいい。でも・・・もっと色気のある表現ができたら」とアドバイスを頂き、悩んでいます。
変な癖がない・・・という強みは生かしつつも、色気のある表現をどのように自分のものにしていけばいいのか。。。
女性のナレーターの音声を聴いてまねたりしていますが、いまいちしっくりきません。
やはりその方の個性の色気だからではないか・・と分析しています。
色気のある表現を身につけるには?練習方法や考え方など教えていただけたら幸いです。
なにとぞ、よろしくお願いします!

Re: 色気のある声&表現をするには? [謎の配達人]
りんこさん書き込みありがとうございました、返信遅くなってすみません、謎の配達人ヤマガミです。スタジオバーズではサンプル収録の演出を、スクールバーズでは意識改革と発声を担当しています。

さて色気のある声ですけど、僕なりに学んだことと感じていることを書きますと、発声は「体という楽器の、どこをどう響かすのか、につきる」ようです。で、体は意識で随時変化しています。緊張して固くなった体から出るのは固い声、寝起きの体からは弛緩した声が出るわけです。竹中直人さんのごとく笑顔で固い声を出すのは、特殊な訓練と感性が必要です。
「女性のナレーターの音声を聴いてまねたり」しても、声に色気が出ないのであれば、残るは一つ。本当に色気のある人になっちゃうのが近道だと思います。
まずは服・髪・メイクを替えてみましょう。なるたけ自分の感性を上回るくらい派手に色っぽいものが理想です。フシギなもので人間は衣装で感覚がずいぶん変わります。姿勢や感覚が変われば、声も表現も変わっていくと思います。
僕個人的にはマイク前でやれる技術なんてほとんど限られているんじゃないかな、と考えています。実際の現場では「マイクに向かう前にやれること」をどれだけやっているかが問われるからです。

変化の際大事なことは「色気のあるひとが選ぶもの」を選ぶこと。なので、「こうなりたいと思う人」が実際にいる所にいきましょう。「どういう環境に身をおくか」は視野を広げ、感性を育てる面で、なくてはならない要素だと思います。

私達スクールバーズの特色の一つとして、ビギナーからプロまで、生徒さんたちが学びとともに、自発的にどんどん装いが鮮やかになっていくことがあります。それはテレビ=芸能の現場で活躍する講師陣たちに身近に触れていることで、自然と「現場で求められる存在感」を学んでいくからじゃないかと思っています。

りんこさんのさらなるご活躍をお祈りしています。隠して溢れ出るほどの色気目指して頑張ってくださいね!

Re^2: 謎の配達人ヤマガミ様ありがとうございました [りんこ]
謎の配達人ヤマガミ様、お忙しいところ返信ありがとうございました。
> フシギなもので人間は衣装で感覚がずいぶん変わります。姿勢や感覚が変われば、声も表現も変わっていくと思います。
気づきをありがとうございます!
また・・・まだまだやれることがたくさんあると思いました。もっと、苦しむ必要があるのかもしれません?!
> 私達スクールバーズの特色の一つとして、ビギナーからプロまで、生徒さんたちが学びとともに、自発的にどんどん装いが鮮やかになっていくことがあります。それはテレビ=芸能の現場で活躍する講師陣たちに身近に触れていることで、自然と「現場で求められる存在感」を学んでいくからじゃないかと思っています。
遠方ですが、ぜひお世話になりたいと思います。その時はどうぞよろしくお願いします!!ありがとうございました。

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7.明るい調子のナレーション

明るい調子のナレーション [シェイリー]2010/01/11(Mon) 15:45
はじめて投稿します。40代のナレーター志望の者です(女)。
20代半ばに声優養成所に3年通ったことがあります。
年齢的には厳しいことはわかっていますが、あきらめきれず3年前から勉強を開始しました。何度かナレーションコンテストに申し込みをしていますが「モノローグ調子はよいが、明るい感じの文を読むのを聞くと無理して出している感がでる」との寸評をそのたびにいただいています。アップテンポの曲を流しながら録音してみたりと自分なりのやり方をしてみましたが…いまいちです。

Re: 明るい調子のナレーション [あおい洋一郎]
シェイリーさん、ナレ虎へようこそ!ベルベットオフィスのあおい洋一郎です。
『明るい調子のナレーション』がうまくいかないというお悩みですね。

>「モノローグ調子はよいが、明るい感じの文を読むのを聞くと無理して出している感がでる」との寸評をそのたびにいただいています。
なるほど、これはおそらくシェイリーさんが “口先だけで” しゃべっているのでは、と推測します。
頭だけで考えて「明るくしゃべろう」としているのではないでしょうか?
例えば、「明るくするには声を高くしよう」とか「明るいのだから元気な感じで張った声でしゃべろう」とか。
こういうのを “上っ面” と言います。形ばかりを意識する余り、肝心の気持ちが乗ってないのです。
その結果、ナレーションで最も重要な部分が抜け落ちてしまいます。
それは何でしょう?

それは『伝える』ということです。

ワタシにはシェイリーさんが『明るい調子』と表現された時点で、既に上っ面感を感じます^^
すいません、別にいじめてる訳じゃありませんよ(笑)
人に『伝える』というナレーションの核心はここにあると思うのです。
『明るい調子』ではなく『明るく』しゃべって欲しいのです。頭だけで考えた様な『調子』では薄っぺらくて人の心に響かないのです。

「ああしよう、こう読もう」と考える前にその感情をわき上がらせることです。
普段の実生活の中でシェイリーさんが楽しかったり、笑ったり、ワクワクしたり、『明るく』なった時の気持ちや体の状態を記憶しておいて下さい。また、そんな気持ちを人に伝えるときに、どんな気持ちになっているか、どんなテンションで話しているか、憶えておいて下さい。
それをナレーションする時に思い出すのです。そして読みにフィードバックするのです。

また気持ちを作る為の一つのアプローチとして、その原稿をそのまま読むのではなく『自分が友達などに話して聞かせるつもりで』好きな様に言い回しを変えて読んでみて下さい。
で、その時に生まれた気持ちをキープしながら原稿通りに読むのです。是非、試してみて下さい!
シェイリーさんの参考になれば幸いです^^

Re^2: 明るい調子のナレーション [シェイリー]
お忙しい中、お返事をいただきましてありがとうございました。

> “口先だけで” しゃべっているのでは、と推測します。
頭だけで考えて「明るくしゃべろう」としているのではないでしょうか?
> 例えば、「明るくするには声を高くしよう」とか「明るいのだから元気な感じで張った声でしゃべろう」とか。
> こういうのを “上っ面” と言います。形ばかりを意識する余り、肝心の気持ちが乗ってないのです。
> その結果、ナレーションで最も重要な部分が抜け落ちてしまいます。
> それは『伝える』ということです。
ドキリとしました。
思い返しても確かに「明るく読まなきゃ」という気持ちばかりが先走って結構テンパって読んでいたのかなと。

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8.硬すぎると言われます

硬すぎると言われます [ほわいと]2010/02/14(Sun) 21:38
はじめまして。養成所に通って約1年半になります。講師から『もっと遊びを入れなさい』『硬すぎる』とよくアドバイスを頂きます。自分でも、ボイスレコーダーで録っていた自分の声を聞いてみると真面目すぎて、聞いていて面白みにかけます。いつも『どう遊びを入れたらいいんだろう…、どうしたらはじけられるんだろう…』と、ずっと一皮剥けられず、なかなか一歩前に飛び出せない自分がいて、とても悩んでいます。お忙しい所を大変恐れ入りますが、どんな事でも結構ですので、アドバイスをいただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。

Re: どちらの恐怖と戦うか [謎の配達人]
はじめましてほわいとさん。
私はたくさんの養成所に通った経験があります。なのでレッスンで何かをしでかす恐怖より、次の養成所を探す結果になってしまう恐怖の方が大きい、という前提で書きますね。

>講師から『硬すぎる』とよくアドバイスを頂き
>自分で聞いていて面白みにかけます
>一歩前に飛び出せない自分がいて
「(面白みにかけると思った)気持の自分」からの問いかけに、「(悩む)現実の自分」が応えられてないということですね…気持はあるけど、遊ぶ腹が括れないというか。
ではまず腹をくくるために『では私はどれくらい強い気持でナレーションを面白くしたいのか』を知ってみるのはいかがでしょう。
私個人は養成所は『”自分からの問いかけ”の答えを試行錯誤していく場』と思っています。やるなら養成所生の今がチャンスです^^

レッスンで「現実の自分」が追い込まれる環境を作ってみる。追い込む手段は何でもいいです。追い込んで遊んでみた結果、スベっても「それが表現者」と開き直れるか。追い込んでうまく遊びにつながらない場合でも「遊ばない表現者です」と開き直れるのか。

プロを目指すなら、講師でも次の養成所でもなく、やがて世に問うていかねばなりません。
ボイスサンプルの作り手である私個人は「世が正しい」だけとも思っていません。リスクを背負って世にプレイを証明していくパワーも必要だと思っています。パワーの源は良い意味での「開き直り」なのだと思います。

>どうしたらはじけられるんだろう
技術的な意味の質問であれば、ほわいとさんからみて「遊んでる」というプレイヤーを完全コピーをして自分に取り込んでみることだと思います。コピーを通すことで「遊べてるプレイヤー」たちの技術だけでなく「リスクを冒してでも遊びたかった/遊ぶしかなかった」気持が伝わると思います。

長々書いてしまいましたが最後にひとことで言うと
「とにかく考えないこと」
です(^_^;)

Re^2: どちらの恐怖と戦うか [ほわいと]
謎の配達人様
こんばんは。この度は丁寧な御返事をいただきましてありがとうございました。とても細やかで的確なアドバイスと勇気をいただきましたことにすごく感激し、涙が出てしまいました。悩んでいても誰にも相談する事が出来ず、一人でずっと霧の中に迷い込んでいるそんな状態でしたのでこちらのサイトを見つけた時はすごく嬉しかったですし、大変ありがたいと思いました。

> 私個人は養成所は『”自分からの問いかけ”の答えを試行錯誤していく場』と思っています。やるなら養成所生の今がチャンスです^^
> パワーの源は良い意味での「開き直り」なのだと思います。
おっしゃるとおり、養成所で勉強している今だからこそ何でも試せるいい機会ですよね。。。せっかく養成所で勉強しているので恐れず「いい意味での“開き直り”」で、色々チャレンジしてみたいと思います!

> 『どうしたらはじけられるんだろう』の技術的な意味の質問であれば、ほわいとさんからみて「遊んでる」というプレイヤーを完全コピーをして自分に取り込んでみることだと思います。
早速、この方法で「遊び」の感覚を掴む練習をしてみたいと思います!

> 「とにかく考えないこと」です(^_^;)
私は何でもすぐに深く考えすぎてしまうところがありますので気をつけたいと思います!
では、またこれからもこちらのサイトにお邪魔させていただきたいと思います。
まだまだ寒さが続きますので、どうぞお体にはお気をつけてお過ごし下さいませ。

Re: 硬すぎると言われます [都さゆり]2010/02/25(Thu) 09:38
ほわいとさん、こんにちは!
ほわいとさんはきっと、まじめな努力家でいらっしゃるのでしょうね。
ナレーターを目指して、日々熱心に学び、努力を重ねているのでしょう。
それは素晴らしい事です。
ただ、知っておいていただきたいのは、
努力の先にナレーター(を含めた芸能の仕事)があるわけではないということです。
努力が必要ないということではありませんよ。
ただ、ナレーションにはその人のすべてが表れます。
狭い意味でのナレーションの勉強だけにとらわれず、色々な人生経験を積み、人生を楽しむ事が必要なのではないでしょうか。
具体的には、恋愛をする、旅に出る、スポーツをする、映画、演劇を観る、音楽を聴く、本を読む・・・・
思い切り笑い、泣き、時には怒り、滑ったり転んだり、人生を存分に
楽しんでください!
もし、見当違いのことを言っていたらごめんなさいね!
養成所でのレッスンも思い切り楽しみ、
ほわいとさんの才能がのびのびと開花しますよう、お祈りしております。

Re^2: 硬すぎると言われます [ほわいと]2010/02/27(Sat) 00:44
都さゆり様
こんばんは。御礼が遅くなりまして申し訳ありませんでした。この度は丁寧な御返事をいただきましてありがとうございます。とても細やかで的確なアドバイスと勇気をいただきましたことにすごく感激して涙が出ました。悩んでいても誰にも相談する事が出来なくて、一人でずっと霧の中に迷い込んでいるそんな状態でしたのでこちらのサイトを見つけた時はすごく嬉しかったですし、大変ありがたいと思いました。

> 色々な人生経験を積み、人生を楽しむ事が必要なのではないでしょうか。具体的には、恋愛をする、旅に出る、スポーツをする、映画、演劇を観る、音楽を聴く、本を読む・・・・思い切り笑い、泣き、時には怒り、滑ったり転んだり、人生を存分に楽しんでください!

「人生を楽しむ」という言葉にすごく“ドキッ!”としました。最近までの私は焦りばかりで全く気持ちに余裕がなくて、正直「人生を楽しむ」ことからかなり遠ざかっていました。。。都様がアドバイスして下さったように日々思い切り笑ったり、泣いたり怒ったりして、感情豊かなナレーターに少しずつでも近づけるよう頑張って行きたいと思います!

では、またこれからもこちらのサイトにお邪魔させていただきたいと思います。
まだまだ寒さが続きますので、どうぞお体にはお気をつけてお過ごし下さいませ。

Re: 硬すぎると言われます [田子千尋]
実際のナレーション収録だと台本をもらい下読みをすれば番組の全体の流れや状況が大体把握できますよね。
で、いっぺん全~部忘れて(これが大事!!)本番へ行きましょう。
本当は『テス本』が良いんですが(マジの声が出るから!)テスト1回だけやっても良いです、半分忘れて下さい。
いざ本番、字面でしか知らなかった物が映像で出て来た時の気持ちを視聴者&表現者として同時に体験&表現すればいいんです。
ほわいとさん、テレビ観ながらつっこんでます?
田子家では家族全員で「凄~い!」とか「これはないよ!」とか「美味そ~!」とか「バカだね~!」なんてやってて
「この後大変な事が!」とか「CMのあとまだまだ続きます!」なんてのをタイミングを見ながら子供たちも面白がってやってます。やりますよね?これが大事!

ナレ録りでVTRを観ながらその時自分の気持ちに出て来たことをそのまま口から出せばいいんです!
初見のVTRの『驚き』や『笑い』や『迷い』や『感動』を自分の表現の壁(こんなことやっていいのかな~?とかやりすぎ?とか)を取っ払って『そのまま』出すんです!
もしかして養成所では台本だけでやってるのかしら?
そしたら想像で補って行かないと大変だけど・・・
映像があればもっとできるはずです!(バーズではできますよ!!)

『動体言語力』と田子が勝手に呼んでるんですが、見た物に対して自分の感情を言葉にして瞬時に表現する。
これは『慣れ』です。『ナレの慣れ』なんちゃって!ナレーションなんて難しくありません、すぐできます!
普段テレビに突っ込んでる自分が出せれば大丈夫!それが実際に使われるかどうかは分かりませんが・・・
実生活で常に他人にどう面白いと思った事を上手く伝えられるか、いっぱいお喋りして下さい!
テレビをいっぱい観て下さい!
面白がらなきゃナレーションなんてできないよ!
面白くなきゃナレーションなんてやらないよ!
楽しいナレーションワールドに早くCOME ON!!

Re^2: 硬すぎると言われます [ほわいと]
田子千尋様
こんにちは。御礼が大変遅くなりまして申し訳ありませんでした。この度は丁寧な御返事をいただきましてありがとうございました。とても細やかで的確なアドバイスと勇気をいただきましたことにすごく感激して涙が出ました。悩んでいても誰にも相談する事ができなくて一人でずっと霧の中に迷い込んでいるそんな状態でしたのでこちらのサイトを見つけた時はすごく嬉しかったですし、大変ありがたいと思いました。

>テレビ観ながらつっこんでます?田子家では家族全員で「凄~い!」とか「これはないよ!」とか「美味そ~!」とか「バカだね~!」なんてやってて「この後大変な事が!」とか「CMのあとまだまだ続きます!」なんてのをタイミングを見ながら子供たちも面白がってやってます。
家でTVを見る機会が多いので、今すぐにも始められて、楽しみながらできる練習方法ですね!早速やってみます!!

> 初見のVTRの『驚き』や『笑い』や『迷い』や『感動』を自分の表現の壁(こんなことやっていいのかな~?とかやりすぎ?とか)を取っ払って『そのまま』出すんです!
>もしかして養成所では台本だけでやってるのかしら?
養成所では特に映像は使用しておらず、台本のみでのレッスンをしています。ですので映像を見ての練習に慣れていないんです。。。自宅で練習する時はTVの映像も使って、感じたままを表現出来るよう練習してみたいと思います。映像を使っての練習は重要ですね。田子さんがおっしゃった『動体言語力』を私も伸ばしていきたいです!

>『ナレの慣れ』なんちゃって!
早く『ナレの慣れ』になれるように頑張りたいです!
日常の会話でも練習につながるんですね。日頃から会話で面白い事を上手く伝えるという事を意識しながらたくさんお喋りしようと思いました。そしてもっと楽しんでナレーションにチャレンジしていきたいと思います。
では、まだまだ寒い日が続きますので、どうぞお体にお気をつけてお過ごしくださいませ。

Re: 体験談です [松田佑貴]
はじめまして。松田佑貴です。昔、私も「面白くない」と言われていた時期がありました。
私なりの解決方法ですが・・・。「自分のプレイする前にやった人たちのプレイをマネしてみる」

私が昔通っていた養成所は、1クラスだいたい20人くらしでした。
自分が読む順番が回ってくるまでは、他のクラスメイトがプレイしていくわけです。
そこで、自分が面白いと思ったプレイ、講師の評価の良かったプレイ、笑いが起こったプレイを、自分の順番がくるまでひたすらブツブツ(もちろん声に出さずに(^_^;))リピートしてみるのです。ただし、他の人のプレイの邪魔はしないで下さいね。ひょっとしたら、その人も良いプレイをするかもしれません。そのときは、絶好のマネるターゲットです(笑) なので、ブツブツは誰かがプレイしている以外の時間が良いです。ダメだしを受けているときや、講師の話が脱線しているときなど(笑) マネと言ってもその人のプレイ全部マネする必要はありません。ほんの1フレーズだけで良いです。笑いのとれた瞬間の言い方をマネするだけで良いのです。出来れば、その人よりも大げさにやる方が良いですね。その方が、笑いも大きくなります。

マネしたら、講師の評価が下がると思ってるかもしれませんが、そんな事はありません。意外とマネしている事に回りの人は気づきません(^_^;) 私の生徒だったら高評価を与えます。しっかり、レッスンから何かを学んでいる証拠ですから。

それから、自分のオリジナリティを出そうともしないで下さい。私はそれで失敗しました。オリジナリティは、講師から「面白くなった」という評価を受けた後から考えるべきです。オリジナリティを出そうとしても、堅さが取れる事はありません。今持っているオリジナリティの範囲内には堅い表現しかないのです。

やればやるほど上達しますよ。頑張って下さい!!(*^_^*)

Re^2: 体験談です [ほわいと]
松田佑貴様
こんにちは。この度は丁寧な御返事をいただきましてありがとうございます。とても細やかで的確なアドバイスと勇気をいただきましたことにすごく感激、涙が出てしまいました。悩んでいても誰にも相談する事が出来なくて、一人でずっと霧の中に迷い込んでいるそんな状態でしたのでこちらのサイトを見つけた時はすごく嬉しかったですし、大変ありがたいと思いました。

>「自分のプレイする前にやった人たちのプレイをマネしてみる」
>そこで、自分が面白いと思ったプレイ、講師の評価の良かったプレイ、笑いが起こったプレイを、自分の順番がくるまでひたすらブツブツ(もちろん声に出さずに(^_^;))リピートしてみるのです
私も今通っているクラスは約20人で、自分の順番が回ってくるまでは少し時間がありますし、講師のお話の脱線も時々あります。ぜひその時間を活用して、(もちろんプレイされている方の邪魔をしないように☆)マネるターゲットさんから一部でも吸収して自分の発表につなげていきたいと思いました!マネをしていることに回りの人は、意外に気づいていないものなんですね!そう思ったら気にせずに出来そうです!!

> それから、自分のオリジナリティを出そうともしないで下さい。私はそれで失敗しました。オリジナリティは、講師から「面白くなった」という評価を受けた後から考えるべきです。オリジナリティを出そうとしても、堅さが取れる事はありません。今持っているオリジナリティの範囲内には堅い表現しかないのです。
オリジナリティは、講師より面白くなったと評価をいただいてからにした方がいいのですね!早く講師より「面白くなったよ」と評価していただけるよう頑張っていきたいと思います!

では、まだまだ寒い日が続くと思いますが、どうぞお体にお気をつけてお過ごしくださいませ。

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9.動きのあるナレーション

動きのあるナレーション [シャトルバス]
はじめまして、是非お伺いしたいことがあります、自分のナレーションは[静止画みたい]、[ごつごつしている]とよく言われてしまいます。自分が思っているようには上手くいかず、実際に聞いてみると確かに動きのないナレーションになってしまっています。またプロの人のナレーションを聞いていると、文章を読む時一つの音ではなくいくつか音を変えているように聞こえるのですが、どうしたらできるようになるのでしょうか?

Re:動きのあるナレーション [松田佑貴]
はじめまして。松田佑貴です。実際のプレイを聞いていないので、想像ですが・・・。
たとえば、シャトルバスさんは「今週の第1位! さくらショートケーキ!」というナレーション原稿があった場合、どのように読むでしょうか? 手は机の上に置いたままでしょうか? 体はどんな姿勢でしょう? 誰(何)に向かって喋っていますか?
おそらく、イスに座ったまま手も体も動いていないのではないかと思います。
もしくは、直立不動で立っているのではないでしょうか?
私は声優もやっているのですが、声優はマイク前でお芝居をする時でも、ほとんどの人が多かれ少なかれ体を動かしています。なぜかというと、体の動きと声の表現は切り離せないからです。躍動感のある表現をするためには、体が心底から躍動していないといけないのです。(もちろん、慣れてしまえば体の動きは極力少なくできます)
ナレーションにも同じ事が言えます。

例えば、「今週の第1位!」の「1位」という瞬間、人差し指で「1」を作り、肘を伸ばして腕を前につきだして下さい。そのときの注意点ですが、例えばマクドナルドの店員さんが「スマイル0円」で接客している様子をイメージして下さい。

1.原稿を見ずに、
2.立って笑顔で
3.オーバーアクションで
4.目の前のお客様に向かって言ってみて下さい。(お客様=誰か人に向かって喋るのがベストですが、ムリなら何か物を置いてやってみて下さい。絶対に「そこに人がいる」という想定だけで喋らないで下さい)

次に、「さくらショートケーキ!」という時は、「フィレオフィッシュセットです!」とお客様に元気にニッコリと渡すような感じでやってみて下さい。ICレコーダーに録音して、体を動かさずに喋ってみたときのナレーションと聞き比べてみると面白いと思います。
私は、「声だけで表現しようとせず、体を使って表現する」ことを、まずはオススメします。もちろん、最終的にはマイク前で表現するわけですが、それはあくまでも最終目標なので、現時点ではあまり気にしないで良いかと思います。

Re^2: 動きのあるナレーション [シャトルバス]
松田佑貴様
はじめまして、お返事ありがとうございました。
すぐに実行してみます、ありがとうございます。

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10.心を動かす

表現について [芋けんぴ]2010/05/20(Thu) 02:29
 はじめまして。芋けんぴと申します。中音域の24歳女です。
ナレーションのスクールに通っていて、先生に自分のナレーションに嘘はついてはいけないといわれます。嘘をつかないように、一つ一つ伝えようと気持ちを込めようとしています。もっと何かをあなたのナレーションから感じられたらいいわよね、という風に言われます。

たとえば楽しいナレーションを、楽しいと思うのではなく、過去の経験などを通してナレーションする。というのが難しく想像しながらナレーションしても何も見えてきません。毎日、私何が楽しいと思えてたっけ、と感情の記憶探るのですがうまく思い出せず、思い出せてもいざ伝えるとなると途端に、自分の心を動かすことができません。楽しいナレーション以外もそうです。動かせないから必死になって、楽しい風とか悲しく風とかに気持ちが走ります。

あと、気持ちを込めようとすれば息が多くなり、先生に習ったマイクによく通る声でなくなります。よい発声のまま気持ちをつなげる作業もうまくいきません。プロセスはいろいろあると思います。自分も何か今日からできるような練習法、こんなことをしたらうまくいったというのを聞かせていただけないでしょうか?

最後にもうひとつだけ、
3か月後に所属オーディションが迫っています。目先のことに走ってはいけないのですが、気持ちは焦るばかりです。先生は中音域の女性のかわいい声の人なんてたくさんいるからね!選ばれる人は独特な感性が必要!といわれ、これも何をしたらいいというのはないと思い、さまざまナレーションを聞いたり、ふだん読まないジャンルの本を読みテレビラジオを聞いたり真似したりしているのですが、まだまだ足りないです。何か参考程度に、表現のために自分はこんなことをしているよというものがあれば教えてください。できることから、一日も早くしていきたいです。私にしかできないナレーションができるようになりたいです。長々と失礼いたしました、読んでくださって、本当にありがとうございます。

Re: 表現について [大山裕子]
芋けんぴさんへ
頭でっかちにならないで。
考えることは必要だけど。
現場では、考えて喋るんじゃなくて、
自分の中から、VTRなり原稿なりから
自分が感じたものが声になって出てくると思う。

Re^2: 表現について [名前]
大山裕子様
御返事ありがとうございます。遅くなって申し訳ありません。
考えてはいけないというアドバイスをいただいてから、また考えてしまいました。私自身の癖なのだと思います。頭でっかちという言葉、まさにその通りです。
先生にイメージ、イメージと言われれば言われるほど考えてしまい、感じてと言われれば感じようと感じようとするみたいです。しかし苦しいながらも感じるということを掴んでいこうと、前向きに悩んでいこうと、この大山様の御返事で思うことができました。
ずっと苦しかったので。本当にありがとうございました。

Re: 表現について [都さゆり]
芋けんぴさまご質問は難問ですね。少しでも参考になればと微力ながら書きますね。

ナレーターの仕事はある意味、大嘘つきといえるかもしれません。
製作者やスポンサーに成り代わって、番組のテーマを主張したり、
商品のセールスポイントを専門家のように自信たっぷりに宣伝したり・・・
ナレーションにおいて、嘘も表現の一部と言えるのではないでしょうか。
では、なぜ、先生は芋けんぴさんのナレーションについて、嘘をついてはいけないと仰るのでしょう?
それは、嘘をつききれていないからかもしれません。
こう言うと、また嘘という言葉にとらわれてしまいますね。
あまり、嘘ということを気にせず、自由に表現なさったらどうでしょう?
ナレーションを表現と捉えれば、表現は本来自由なものだと思います。
芋けんぴさんはとても素直な方なのでしょう。
勉強熱心なあまり、先生の仰ることを気にしすぎてはいませんか?
元々はナレーションが好きで楽しかったはずですよね?
でも、ご質問の文面からは楽しさよりも悩ましさの方がうかがえます。
色々気にし過ぎると、萎縮してのびのびとプレイできなくなりがちです。
ナレーションが楽しいという気持ちを是非思い出してください。
芋けんぴさんはすでに色々努力していらっしゃるのですから、あまりあせらず、
そのまま、ご自分の表現を追及してください。
どうやったって、自分は自分でしかないんですから。
良い発声のまま気持ちをつなげる・・・練習として、歌はどうでしょうか?
個人的にはカラオケで色々な歌をうたうのはお勧めだと思います。
(歌がお好きであればね)
オーディションを控え、少々ナーバスになられているのでしょう。
「私を採らなければ、大損害よ」という位の気持ちで臨みましょう!
時には「ずうずうしさ」も必要ですよ。
ご健闘をお祈りします。

Re^2: 表現について [芋けんぴ]
都さゆり様
御返事ありがとうございます。遅くなって申し訳ありません。
難しい質問に丁寧に答えてくださってありがとうございます。

「嘘をつききれていないからかもしれません」
このアドバイスがとても印象に残りました。
少し違うかもしれませんが、先生にいま思いついたから言ったという感じに聞こえたらとてもいいですねとおっしゃっていたのを思い出しました。テレビ、映画などを見て感じることはできるんです。むしろ、感情移入しすぎて涙もろいようです。しかし感じたままに声にできないのです。それが目下の悩みです。これは、感情の引き出しを開けれるものを模索してみないといけません。

「あまり、嘘ということを気にせず、自由に表現なさったらどうでしょう?ナレーションを表現と捉えれば、表現は本来自由なものだと思います」
確かに表現は自由ですね。しかし私自身、スキル(アクセント、無性化、滑舌)などがまだまだ修業中の身なので、自由な表現よりもそちらにい意識がいってしまうのかもしれません。アクセント、無声化などは特に地方出身者でハンデがあり、地方からスクールに通っているので、注意はしていますが原稿読みのときは気をつけているのですが、日常で生活していると方言になってしまうと気があります。スキルはレベルというものが見えにくく、先の見えない感覚が不安になっているようです。
悩ましさが残る文面となりましたが、どのアドバイスも親身になって書いてくださって、数日前の自分と比べるとだいぶん心が軽くなった気がします。

「芋けんぴさんはとても素直な方なのでしょう。勉強熱心なあまり、先生の仰ることを気にしすぎてはいませんか?」
「芋けんぴさんはすでに色々努力していらっしゃるのですから、あまりあせらずそのまま、ご自分の表現を追及してください」

この言葉をいただいて素直なのかなとか、勉強熱心なのかな、努力してるのかな、と自分を少しだけ認めてあげられた気がします。ナレーションというのはとても孤独な作業ですね。しかしそこには自分しかできないものがあると信じて過信せず努力していきたいと思います。
余談ですが、歌を習い始めました!迷っていたのですが、自分への投資だと思って、アドバイスも頂いたので迷わないことにしました。ありがとうございます。時には「ずうずうしく」これからもがんばっていきたいと思います。重ねて御礼申し上げます。ありがとうございました。

表現方法の違い [松田佑貴]
芋けんぴさんはじめまして。松田佑貴です。
おそらく俳優(あるいは、元俳優)の方が講師をしていると思うのですが、お芝居とナレーションには表現方法の違いがあります。例えば歌手でも、演歌とポップス、あるいはジャズなど、歌い方が全く異なります。それと同じことがナレーションにも言えるのです。

私が考えるお芝居とナレーションの表現方法、感情の入れ方の違いをお話しします。

怖い話をする「稲川淳二」さんはご存じでしょうか? 稲川さんは、人を怖がらせる名人です。大事なのでもう一度いいます。稲川さんは、人を「怖がらせる」名人です。

分かりますか? 自分が怖がるのではなく、重要なポイントは、聞いてる人を怖がらせる、という所にあります。稲川さん自身は、決して怖がっていません。むしろ、怖がらせるのを楽しがっているかのようです。実は、ナレーターも同じです。ドキュメンタリーでは、見ている人を感動させる。衝撃映像で視聴者を驚かせる。通販番組では、買う気を起こさせる。自分が怖がっても、聞き手にはその怖さは伝わりません。読み手が怖がっている事は伝わると思いますが、それは読み手の自己満足で終わってしまいます。ナレーターは、視聴者を怖がらせなければならないのです。

「楽しい」「悲しい」も同じです。自分が楽しんだり、悲しんだりするのではなく、聞き手である視聴者を「楽しませる」「悲しませる」事がナレーターの仕事なのです。自分が楽しんだり悲しんだりする必要は全くありません。

特に俳優さんにありがちなのですが、感情を込めようとすればするほど頭で考えてしまい、表現がどんどん1人よがりになっていってしまう事がよくあります。芋けんぴさんが悩まれているのが、まさにこれだと思いますので、まずは表現方法(感情の込め方)の違いを意識して、テレビを見てみて下さい。その違いが分かれば、表現方法を大きく変える事ができるのではないかと思います。

Re: 表現方法の違い [芋けんぴ]
松田佑貴様
こんばんわ。御返事ありがとうございます。
習っている先生は二人いて、一人は嘘をついてはいけないし、良い発声つまりいかに息をもらさずに声帯を閉めてのどを疲れさせずに気持ちを置けるかということを教えられました。確かその方は元は演劇をやっていて、歌もやっていて、という方でした。今も歌を教えることもあるそうです。

もう一人は、現役でナレーション声優の事務所に所属している方です。この方にあなたのナレーションにもっと何か感じられたら言われました。どちらの意見も本質的な部分は一緒だと思ったので、自分なりに解釈し書き込みました。

お芝居とナレーションの表現方法、とてもわかりやすく説明していただいているのですが、この説明からするとナレーションや、俳優声優のアプローチはまったく別物ということでしょうか?

声優も所属する事務所なので、セリフに感情を込める練習もするのですが、セリフは相手に言われた言葉に感じたものをまた相手に伝えるというアプローチだと思っていて、ナレーションもまた感じたものを相手に伝えるのだと思っていて、アプローチは違わないと思っていました。自分がその文章に何かを思う必要はない、むしろ思わなくていいということでしょうか?ということは最初の先生が言っていた楽しいと思った経験を引っ張り出して自分を楽しくするアプローチが少し違っていますよね。
頭で考えてしまうのが癖のようです。解釈を間違えていましたら、ごめんなさい。

あと最後に、この怖がると怖がらせるの違いが分かってそれを表現するには時間がかかると思うのですが、たくさん読んでいけば見えてくるのでしょうか?稲川淳二さんの例がとてもわかりやすかったのですが、私にそれができるのかと、また悩んでしまいました。もしお時間があれば、また返信いただければと思います。お忙しい中、わかりやすく答えていただいてありがとうございます。

嘘のないプレイ [謎の配達人]
「読みから何も感じてもらえない。だから嘘をつかないようにプレイしたいがどうすれば?」ということと解釈して書きます。

まず、私個人的には、人間じたい多面的なものですから、表現にも「100%本当」「100%嘘」ということではないんじゃないかなと思っています。感情が爆発しながら客観的な感覚を同時に覚えていたり、そんな風に人間の感情は入り乱れているので、「どんな気持でいれば本当・嘘」ということでもないんじゃないかなぁ。
そう考えると、現実世界で「一つ一つ伝えようと気持ちを込める=えんえんと100%の本当を表現する」こと自体、日常生活にはほとんどない気もします。あなたの中にも観客の中にもない「一面的な表現」をむりやり再現し続けようとしたら、さぞ苦しかったでしょう^^;

ハナシ飛びますが、映画や舞台や小説やテレビ番組という「物語」の作りは、基本的には非日常を味わう「嘘」の世界だと思います。最終的になんらかの「ぐっとくる嘘(=みせどころ?)」へ落とし込むために、「ツカミ」になるべくリアリティを持たせるのです。ホラー映画の場合明らかな嘘のゾンビを出すとき、なるべく「なんらかリアリティ」を持たせた方が、物語に引き込まれてしまいます。「ゾンビは嘘だから映画は成り立たない」とはしませんよね。
プレイの土台になる「場」である物語からして、嘘と本当を入り交えることで成り立っているのですから、その世界観の中に存在するためには、表現も「嘘も本当も入り交じっている」ことで、さらに馴染みやすくなるのかもしれませんね。
嘘か本当かに縛られず、もっとシンプルに「グっとくるのは何か」に集中してみては?
追。関係ないかもしれませんが、のびのびプレイしている時のほうが「なんかの吸引力」をもってることが多いように思います^^

Re: 嘘のないプレイ [芋けんぴ]
謎の配達人様 御返事ありがとうございます。
私がその先生の前で読んだナレーションはラジオのDJのような読み方で読んでいる女性のマネをして自分がそう読んだものです。雰囲気は伝わってくるんだけど、内容は伝わってこない、だからあなたのナレーションは嘘だ、という言葉を使ったのだと思います。この文章は何が言いたいのか一つ一つゆっくり噛み砕いて分解していく必要があるとも言われました。

うまく伝えられないのですが、その読んでる人が何を思い何を感じながらしゃべっているか、そこをマネしないといけない。マネっていうのはとても大事だけど、その人の気持ちまでコピーするんだよ、ともいわれました。

嘘か本当かに縛られず、もっとシンプルに「グっとくるのは何か」に集中してみては?
というアドバイスをいただいたんですけど、ぐっとくる何かは確かに映画を見ていたりしたときにはあるのですが、数日経つと忘れたり、その感じたものをうまく持ってこられないという悩みが尽きません。私のアプローチは本、雑誌を読んだあとにナレーションしたり、必死に映像等を頭に思い浮かべながらナレーションしたりするのですが、そういったやり方が違うのでしょうか?表現しきれていないと毎日思い悩むばかり追記していただいたのびのびプレイするということもよくわからなくなっています。

謎の配達人様は表現ではなくプレイという言葉を使ってらっしゃいますが、これは遊び心をもってという意味ですか?プレイって英語では遊ぶという意味ですよね?
少し気になったので聞いてみました。
もしアドバイスいただければと思います。
ここまで読んでいただいて本当にありがとうございます。

Re: 心を動かす [大窓王]
 芋けんぴさん、ナレーションの虎へようこそ。
気になる言葉から、虎らしくお答えしてみようと思います。

「自分の心を動かすことができません」
ここが最も引っかかった部分です。「心を動かすこと」は表現の土台です。これがないと血の通った表現にはなりません。通る声やスキルは、後回しにしてでも「心を動かすこと」にまず専念しましょう。それぞれの練習方法は、実行されているもので間違いということはないです。相性はあるでしょうが。

しかし練習方法以前のことがあります。書かれた文章を何度か読み返してみると、実は「自分の心を動かすことができない」のではなく、「拒否している」状態だろうと読めます。学校の先生や掲示板のアドバイスも、いっけん受け入れているようにも読めなくもないのですが…

しかしその実、ほとんどが「悩む」「考える」という保留した返事になっています。これは柔らかく拒否を意味しているような気がします。拒否している主体は実は「頭」(=悩み考える)ではないでしょうか。

>毎日、私何が楽しいと思えてたっけ、と感情の記憶探るのですがうまく思い出せず、思い出せてもいざ伝えるとなると途端に、自分の心を動かすことができません。
感じたものをうまく表現にもって来られないのは、それを自分の「心」や「お腹」に取り込めていないからです。「頭」「心」「お腹」がつながって初めてうまく表現できていくのだと思います。
「心が動くこと」「感情の記憶を引き出すこと」「映画や本のから感じること」「先生達のアドバイス」を心に届かないように頭がブロックしているのではないですか。

「学ぶ」ということは、自分と違う価値観を受け入れることでもあります。受け入れる過程では、悩み考えることは必要なことですし、また誰もがそうです。しかし今の芋けんぴさんに必要なことは、いったん考えることを停止することではないでしょうか。もう充分に悩みましたしね。

そして笑いましょう、泣きましょう、怒りましょう、もっと愛しましょう。それが心を動かし、感情の引き出しをつくる近道です。

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11.教育について、個性的な読み

表現を見失っています [大河]2010/09/05(Sun) 23:01
いつもこちらを拝見し刺激を励みを頂いています。
ナレーター学校に通い2年学び卒業しました。
私は、味の有るナレーターになりたいと思っています。
具体的に言うと人と同じは嫌なのです。
例えばバラエティーで言うと最近のテレビでは「何とかなのかぁ~!」と必ず語尾を上げて読む等、先が読めてしまう読みと言うのは皆が真似をしていますしオリジナリティーを感じられません。正直テレビを見ていて飽きてしまいました。誰でもしている読みではなくハッとする様な自分独自の読みをワンフレーズでも入れたいタイプで、それを実行すると、その度に在学中は講師から批判をされていました。誰でも同じ読みならば、一体その人の個性は何処にあるのだろうと考えてしまいます。上手くなる為に志を持ち、学校に通った結果、入学当時に表現する事が楽しくて、のびのび読んでいた気持ちが薄れ、ナレーションが楽しく感じられなくなっている自分が出てきました。指導を受ける事で自らの個性が潰されて行く様な憤りを感じたからです。ですがナレーションは好きなんです、嫌いになれません。だからこそ、これから仕事を取る為に更に精進し学ぶ気持ちは有ります。改善する点があれば即実行して行く考えです。解決策を教えて下さい。お願いします。

Re: 教育ついてと個性的な読み [大窓王]
大河さんナレーションの虎へようこそ。
長文になりますが、【教育について】【個性的な読み】についてお答えします。

【教育について】
生徒の個性を伸ばすことを重視しない教育。それは一つの表現方法を身につけさせようとする教育=「講師の美意識に基づく」ナレーション表現の習得を目指しています。しかし学びやすさはあるかもしれません。その講師のセンスが素晴らしければ、効果的な学習法ともいえます。
その欠点は、生徒個人の能力適性と合っていなくても、無理矢理その鋳型にはめること。また習得できたとしても、それが画一的で古くさい表現だった場合は悲劇です。時折見かけますが…

個性を伸ばすタイプの講師は、多様な表現を生かせますが定型がないので学びにくいかもしれません。その講師の引き出す能力が高ければ幸福な教育方法だと言えます。
欠点は個性を伸ばすことに力点を置きすぎて、基礎力が足りなかたりすることです。そして先生の見立てが必ずしも当たっている保証がないこと。

どちらにも一長一短があり、教える側の感性と生徒の受容性が噛合っているといい効果が生まれます。

人間の生き方に正解がないように、教育にも正解はありません。そしてナレーションにも正解はありません。ただしプロという基準で見れば、売れることが正解なのです。

ナレーション教育に意味があるとすれば、違う価値観の吸収にあるのではないでしょうか。もしくは違う価値観への反発かもしれません。

【個性的な読み】
ナレーターとして自分独自の個性で楽しく読めることは、なんて素敵なことでしょう。皆がそれを夢見ています。そして夢を追求することを忘れないで下さい。

ただしプロを目指すなら、自分独自の個性で楽しく読むことの意味、価値は市場が決めます。どんなに個性的で楽しいと自分で思っていても、市場が認めなければプロとしては無価値です。だからこそ理想に近づくために人は学び、工夫するのです。

いまも「自らの個性が潰されて行く様な憤り」を感じているならば、その憤りをパワーにして自らで売ってみましょう。それが先生の評価を超えることになります。プレーヤーは心の奥で、自分の個性を「受け入れてくれる」どこかを探し求めているのだと思います。プロを目指すなら、その受け入れ先として市場を第一に考えましょう。もちろん簡単に売れていく訳ではありません。だからこそ売ることを学び工夫しましょう。最初の一歩として、ボイスサンプルを作っていくことをお勧めします。

>最近のテレビでは「何とかなのかぁ~!」と必ず語尾を上げて読む
それも今のナレーションの流行の一つで(アナウンス表現に対するアンチの表現)、市場に受け入れられる工夫の一つなのです。それがいいか悪いかは別として。そして未来がそこにあるかどうかも分かりません。

自らの個性を主張して実績を出すことは、革新者として未来を創りだす険しい道を歩むことになります。それは尊敬できる立派な在り方です。いままでの価値観への反発が、新しい表現の源なんだと思います。

プロとして生き続けて、ふと壁にぶつかった時に、もしかしたら講師の価値観の必要性が理解できる時が来るのかもしれません。その時はまた学んで下さい。

大河さんの成功と未来を祈っています。

解りました! [大河]
大窓王様
具体的な説明有難う御座います!大変良く解りました!
定着していない読みを市場に認めさせるのは
楽ではないかも知れませんが、勝ちを拾うべくやってみます!初志貫徹
で行きます!有難う御座いました!

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12.感情をさらけだすには

感情をさらけだすには [あざぜる]2010/09/23(Thu) 16:57
初めまして、虎の皆さま。
ナレーターを目指している三十路後半の男です。
会社員として感情を押し殺してきたせいか、自分の感情をさらけだすことができなく、それ風のナレーションにしかなりません。
自分ではブレーキをかけているつもりはないのですが、上手くできません。この殻をやぶれないとお前はナレーションにはなれないと言われてしまいました。
何かきっかけでもいいので、ご助言をいただければうれしいです。
よろしくお願いいたします。

Re: 感情をさらけだすには [都さゆり]
あざぜるさん、ナレーションの虎へようこそ!
心を開放して、気持ちを素直に表せることは、確かに、表現者にとって大事なことですね。演劇関係、或いは心理学等の本では、心を開放するための色々な方法が紹介されていると思います。私は心の専門家ではありませんので、ナレーションに有効と思われる手軽な方法を書きますので参考にしてくださいね。

あざぜるさんはどんな感情を押し殺しているのでしょうか?

①その抑えている気持ちを思い出し、全て言葉にして書き出してみましょう。そして、それを大きく声に出して、できるだけ感情を込めて言ってみてください。『悔しい!』『悲しい!』等のマイナスの感情だけでなく、『うれしい!』『しあわせ!』といったプラスの感情も忘れずに。(あ、ご近所迷惑にならないよう気をつけてくださいね。^^)
②大きな声で好きな歌を歌う。一人カラオケで、誰にも気を使わず思いっきり歌いましょう。
③大笑い、大泣きをする。
④無理の無い程度の、リズミカルな運動をする。(ウォーキング、ラジオ体操、ダンスなど)
⑤深呼吸をする(吐く息を大事に、ゆっくりと)

一人で簡単にできるものを書いてみました。お役に立てれば良いのですが・・・
気軽な気持ちで試してみてください。ただ、念のため言うと、感情をさらけ出す事がそのままナレーションの表現に結びつくわけではないと思います。例えば、悲しい内容をナレーター自身が悲しみに浸りきって読んだのでは、伝わりにくいですし、聞き手は逆に冷めてしまうものです。

主観と客観のバランスこそがナレーションの極意かもしれません。あざぜるさんがのびやかな気持ちでナレーションに向き合えますように。そして、今後の御成功をお祈りいたします。

Re^2: 感情をさらけだすには [あざぜる]
都さゆり様
お忙しいのにお返事ありがとうございました。
近所迷惑や怪しい人と思われないように①~⑤を
やってみたいと思います。
①~⑤は今までやったことのない事ばかりでしたので
ちょっとドキドキはしますが自分がどうなるのか楽しみです。
本当にありがとうございました。

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